『アズミ・ハルコは行方不明』 現実的なサバイバルの方法

 原作は山内マリコの同名小説。
 監督は『アフロ田中』『私たちのハァハァ』などの松居大悟
 主演の蒼井優はあちこちに顔を出している印象があるのだけれど、『百万円と苦虫女』以来の単独主演作とのこと。

松居大悟 『アズミ・ハルコは行方不明』 安曇春子(蒼井優)の手配写真から生まれたグラフィティアート。


 主人公となる安曇春子(蒼井優)はもう27歳。小さな会社の事務員として働いていたのだが、ある日突然失踪することになる。もう一人の主人公と言ってもいい愛菜(高畑充希)は、成人式を迎えたばかり。仲間たちと行方不明となった春子の手配写真をアートとしてばら撒きうっぷん晴らしをしている。さらには巷では少女ギャング団のニュースが話題で、彼女たちは夜中に男だけを無差別に襲撃して、男どもを震え上がらせる。

 この作品をとっつきにくくもし、逆に魅力的にも感じさせるのは、時間軸をシャッフルした構成だろう。上記の3つのパートは時間軸を無視して並行的に描かれていくことになるために、物語のつながりを見失って行方不明になる観客もいるかもしれない。
 愛菜のパートで警察が行方を捜しているはずの春子は、春子のパートではまだ実家で日常生活を送っている。「春子失踪後のエピソード」と、「春子失踪前のエピソード」が同時に描かれていくわけで最初は混乱するのだ。
 とはいえ決して難解な作品ではない。なぜ春子が失踪したか、いつそれが起きたのかは最後のほうで丁寧に示されるし、それによってシャッフルされていたエピソードがつながってくると全体像がおぼろげながらに見えてくることになる。
 
 春子と愛菜には接点はないし、世代的にも差があり、共通点はないようにも見える。春子は会社ではセクハラ上司たちに愛想笑いし、痴呆のある祖母と両親との生活にもうんざりし、幼なじみの曽我(石崎ひゅーい)と関係を持ったりする。愛菜はもっと自由に楽しんでいるようにも見えるけれど、仲間のユキオ(太賀)や学(葉山奨之)からはヤラせてくれるけれどウザい女と思われている。共通しているのはいつまでも狭い人間関係のなかに留まっていることだろうか。
 『アズミ・ハルコは行方不明』の舞台は関東近郊の地方都市だ。ロードサイドのファミレスやコンビニといった無個性な場所ばかりが登場する。それらは全国どこへ行っても同じなわけで、結局のところ逃げ場がない感じすら漂う。さらにそこに住まう人々もほとんどが顔見知りで、小学校以来の関係を引きずったまま大人になっているわけで、なかなかの閉塞感なのだ。

『アズミ・ハルコは行方不明』 春子(蒼井優)と愛菜(高畑充希)は最後まで出会うことはない。高畑充希のNHKのキャラとは違うウザいキャラにも注目。

 原作のことは不明だが、この映画のなかの女の子たちは理屈で考えて動いているわけではなさそうだ。
 春子は突然失踪するのだけれど、先行きが見えていたわけではなさそうで、夜中に買い物で出たついでにふらっと行方不明になってしまう。一方の愛菜も疎外感からか自殺を考え飲んで暴れているうちに、なぜか春子の幻影を見ることになり、それに諭される。春子の幻影は愛菜が生み出したもののはずで、なぜか愛菜は自ら正しい道を見出していることになる。
 春子にしても愛菜にしても理屈を捏ね回して考えたりしているわけではないわけで、直感的に正しい道を選んでしまっているのだ。だからたとえこの作品が真っ直ぐな時系列で描かれたとしても、彼女たちの行動の因果関係が明らかになり理詰めで納得させられるものになるわけでもないのだろう。彼女たちは混乱した状況のなかで直感的に正しい道を見出したわけで、その意味ではこの作品の手法が物語を混乱させているように感じられても、それはあながち間違った感じ方でもないのかもしれない。
 この作品のなかで最もファンタジックな存在である少女ギャング団たちも、経験によって学んだから男を狩るようになったわけではなく、男どもがクソであることを直感的に知っているからなのだろうと思う。
 
 最後に行方不明だった春子と愛菜は初めて出会うことになる。少女ギャング団の行動は女の子たちの願望の結晶化したものかもしれないけれどあまりにもファンタジーすぎるわけで、春子の示した行方不明への道はもっと現実的なサバイバルの方法なのだろう。
 多分どこまで逃げてもロードサイドには同じようなファミレスやコンビニがあるのだろうけど、狭い人間関係から逃れて自分が誰にも知られていないところに行けばちょっとは息が吐けるということはあるかもしれない。奇しくも蒼井優主演作『百万円と苦虫女』(タナダユキ監督)みたいな方向性であるわけで、そうした感覚が女の子たちの間で一般化しているということなのかもしれないとも思う。

アズミ・ハルコは行方不明 [Blu-ray]


アズミ・ハルコは行方不明 [DVD]



アズミ・ハルコは行方不明 (幻冬舎文庫)


百万円と苦虫女 [DVD]


松居大悟の作品
スポンサーサイト
Date: 2016.12.13 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『花とアリス殺人事件』 鈴木杏と蒼井優が演じたあのキャラがアニメーションに

 岩井俊二監督の『ヴァンパイア』以来の最新作。
 この作品は2004年の『花とアリス』の前日譚で、岩井俊二監督初の長編アニメーション作品である。10年前の実写作品の出演者が、同じ役柄の声を担当している。

 ちなみにエンドロール後に岩井俊二の最新作の予告編が流れるので、ファンの方は要注意かも。なぜか一度劇場内の電気が消えてしばらくすると始まるらしく、観客もすでに出口へ向かうころで、劇場係員の追い出しの声も響くなか、いつの間にかに映像が流れていた(意図的にタイミングをズラしているのだろうか)。そんなわけでタイトルすら見逃したのだが、黒木華が主演だったような……。

岩井俊二 『花とアリス殺人事件』 花とアリスのキャラはアニメとなって再登場。

 アニメに詳しいわけではないが勝手なことを言うと、実写とアニメとで異なるのは、アニメは作品世界をゼロから創りあげることができることかもしれない。しかし、他方では現実世界を忠実に再現しようというアニメの方向性もあって、この『花とアリス殺人事件』ではロトスコープという手法が使われているという。
 この手法は、実写で撮影したものをトレースしてアニメーションにするというもの。ディズニーの『白雪姫』(1937年)くらいからある手法で珍しいものでもないのかもしれないけれど、『花とアリス殺人事件』の風景描写などは妙にリアルな部分があり、それでいて水彩画のようでもあって不思議な感覚だった。

 実写で撮影された『花とアリス』に対して、『花とアリス殺人事件』がアニメ作品とならなければならなかった理由は、前作の前日譚を描くという制約からだろうか。当然出演者たちは10年分歳をとるわけだから、今さら中校生役をやるのは無理があるし、かと言って別の役者を当てれば『花とアリス』らしくはなくなってしまう。そのくらい『花とアリス』はふたりの女優の存在に多くを負っている作品ということだろう。
 そんなわけでアニメ版の花とアリスのキャラは、もちろん実写版の鈴木杏蒼井優をイメージしている。ほかのキャラもそうで、たとえばバレエ教室で写真を撮っていた風子ちゃんも実写版の間延びした感じをそのまま受け継いでいる(なぜか平泉成のキャラだけはまったく似ていなかったけれど、声はいかにもわかりやすい平泉成の声だった)。
 アニメ化のもうひとつの理由は、岩井俊二が漫画やアニメに思い入れがあるということかもしれない。前作でも手塚治虫作品があちこちに引用されていたり、漫画家の名前が駅名や学校名に登場していたわけだし……。もともと実写版ですら花の泣き顔とか、アリスの嘘みたいな作り笑いとかマンガチックなところがあったわけで、前作の世界はそれほど違和感なくアニメの世界へ移行されている。


 有栖川徹子(アリス)は転校生として石ノ森学園中学校へやってくる。そのころクラスでは「ユダが、四人のユダに殺された」という噂で持ちきりだった。そして、アリスの家の隣にある“花屋敷”に引きこもっている同級生・荒井花が、ユダ殺害の事実について知っていることがわかり、アリスは“花屋敷”に乗り込むことになる。

 “花屋敷”の引きこもり少女のエピソードは、実写版でも風子ちゃんによってちょっとだけ語られていた部分で、それを改めて描き直しながら花とアリスの出会いについて語られていく。学生時代の話ということでいじめにつながるクラス内の勢力争いとかもあるし、岩井俊二の少女趣味的な部分はもちろん満載だが、一方でユダ殺害のエピソードのようなマニアックというかちょっとズレた感覚もある。アリスが天然自然なところも、花が瞬間的に悪企み(?)を思いつく頭の回転の速さを見せ、前作を楽しんだ人にとってはやはり観逃せない1本だ。

こちらは実写版『花とアリス』の一場面。これとまったく同じ場面が再現される。

 途中にアリスとおじいさんの脱線的なエピソードがあるが、ここは黒澤明『生きる』をコピーしている。喫茶店に入ったふたりの向こう側で、何やら若者たちがパーティで騒いでいる場面あたりからがそうで、喫茶店内の階段とかもそっくりコピーしていて、最後にはおじいさんがブランコに乗るシーンがある。
 なぜ岩井俊二が黒澤明をコピーするのかなと思っていたら、このページにはおもしろいことが書かれていた。岩井俊二の少女性、これは岩井俊二が少女の生態をよく理解しているということではなく、岩井俊二そのものが「おじさんであり少女でもある」といったことであり、それは『生きる』志村喬が演じた主人公に被ってくるという。たしかに、死が間近だからといって人助けのために奔走する『生きる』の志村喬はあり得ないほどウブだった。彼が唄う「ゴンドラの唄」はこんなふう。

いのち短し 恋せよ少女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日の ないものを


 それにしてもこのコピーぶりは徹底しているところがあり、実写で撮ったとしたらまさかそんなことはしないわけで、岩井俊二は過去の名作をアニメに移すこと自体を楽しんでいるようだ。実際に『花とアリス殺人事件』では、10年前の『花とアリス』をもう一度アニメという形式で撮り直すことに腐心しているようにも見えるのだ。
 アリスが父親と鎌倉で過ごす場面(どちらも橋の上で電話が鳴る)とか、ふたりが制服を見せ合う場面(上の写真は実写版)などは、実写と寸分違わぬ構図のアニメとなっている。何よりも感動的だったのは、実写版の冒頭部分をアニメ版のラストに持ってきたことだ。実写版で「hana & alice」というタイトルバックになった、あの横移動の場面をまったくそのままアニメに移行しているのだ。
 あの場面をラストに据えているのは、実写版のそれが素晴らしかったということもあるだろうが、前作の撮影監督であった篠田昇への想いということもあるのだろう。篠田昇は2004年に亡くなってしまったわけで、岩井俊二とのコンビでは『花とアリス』が最後の作品だ。岩井俊二は『花とアリス殺人事件』の脚本が完成したその日に、篠田昇の訃報に接したという。『花とアリス殺人事件』の絵づくりも現実をそのままアニメにするというよりは、篠田昇のカメラが捉えた光の再現を狙っているようであり、窓から射し込む光の感じなど見事にアニメーションとして表現されていたと思う。

花とアリス殺人事件 [DVD]


花とアリス殺人事件 [Blu-ray]



花とアリス [Blu-ray]


花とアリス 特別版 [DVD]


オリジナルサウンドトラック H&A


生きる [東宝DVDシネマファンクラブ]


Date: 2015.02.22 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)
プロフィール

Nick

Author:Nick
新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

最新記事
最新トラックバック
最新コメント
月別アーカイブ
10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03 
カテゴリ
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

タグクラウド

広告



検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
このブログをリンクに追加する
Powered By FC2ブログ


ブログランキングに参加しました。

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QR