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『マンハント』 比べちゃいけないのかもしれないが……

 『フェイス/オフ』『ミッション:インポッシブル2』などのジョン・ウー監督の最新作。
 高倉健主演で中国では大ヒットしたという『君よ憤怒の河を渉れ』(佐藤純彌監督)のリメイクとのこと。
 主演に福山雅治を据え、舞台も大阪ということで、かなり日本を意識した作品。

『マンハント』


 国際弁護士のドゥ・チウ(チャン・ハンユー)は朝起きると隣には女の死体が転がっている。いつの間にかに殺人犯に仕立て上げられてしまったドゥ・チウを追うことになるのは、刑事の矢村(福山雅治)。矢村はあまりに証拠が揃いすぎている事件に次第に疑惑を抱くようになり……。

 香港映画の多くは物語などあってないようなもののような気もするし、ツッコミどころ満載で滅茶苦茶なところがあってもいいと思うのだけれど、あまりノレなかったのはなぜだろうか。
 福山雅治が演じる矢村という男が福山雅治にしか見えなかったからかもしれないし、なかなか男臭い面構えのチャン・ハンユーこそが本当の主役であるはずなのに、日本のファンに遠慮したのか次第に印象が薄くなっていってしまったからだろうか。アクションはそれなり満載なのだけれど、どのシーンにも既視感があるし、ジョン・ウー自身が自らのヘタなパロディをやっているようにすら感じられてすっかり醒めてしまった。
 そんななかでも一番いい動きを見せていたのは、ふたり組の女殺し屋のぽっちゃりさんのほう。実はこの人アンジェスル・ウーと名前で、ジョン・ウーの娘さんだということが判明する(クレジット後の福山雅治とジョン・ウーの対談による)。まあ縁故採用とはいえ、動きはよかった。褒めるところを見つけようとすればということだけれど……。
 ジョン・ウー作品のなかでは『男たちの挽歌』が一番のお気に入り。チョウ・ユンファの二丁拳銃のカッコよさに痺れたし、ティ・ロン(渋い!)とレスリー・チャン(初々しい!)の兄弟のドラマは涙なしには観られないと今でも思う。それと比べてしまうと『マンハント』は残念だったしか言いようがない。



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ジョン・ウーの作品
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Date: 2018.02.15 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『三度目の殺人』 「嘘の回想シーン」の受け入れ難さ

 『そして父になる』などの是枝裕和監督の最新作。
 主演は『そして父になる』以来のタッグとなる福山雅治

是枝裕和 『三度目の殺人』 中心となるのはこの3人。よく見ると頬の血の付いているのが福山雅治だけ右頬となっている。


 弁護士の重盛(福山雅治)は友人の摂津(吉田鋼太郎)に頼まれ、殺人の前科を持つ男・三隅(役所広司)の弁護を引き受ける。三隅は解雇された工場の社長を殺し、死体に火をつけたことを認めている。勝ちにこだわる重盛にとっては、この事件に関わることは気が進まない。接見を重ねるたびに三隅の主張はころころと変わり、真実など興味もなかったはずの重盛も事件の真実を追い求めるようになり……。

◆事件のあらまし
 最初から結末に触れてしまうけれど、この映画を最後まで見てもこの事件の全貌がわかることはない。三隅が「空っぽの器」のようだと称されるのは、空っぽだからこそ中身に何でも詰め込めるからだろう。三隅はサイコパスにも見えるし、世界の理不尽な選別に怒る正義漢にも、単なる人のいいおじさんにも見えるのだ。
 三隅の最初の殺人は約30年前に借金取りを二人殺したというもの。この事件の裁判官であった重盛の父(橋爪功)はそのときの判決を振り返って、あのとき死刑にしておけば今回の二度目の殺人は起きなかったと反省の弁を述べる。一方で社会のあり方が犯罪者を生み出すという考えが支配的だったとも語る。三隅は何らかの社会の歪みによって生み出されたモンスターだったということだろう。
 二度目の殺人に関して後半になると明らかになってくるのは、殺された被害者の娘・山中咲江(広瀬すず)が関わっているらしいということ。そして、咲江は殺された父親に性的虐待を受けていたことを重盛たちに告白する。咲江と親しい関係にあった三隅は計画的にその父親を殺し、咲江を虐待から救ったのかもしれないのだ。「空っぽの器」である三隅には何かしらの正義感が入り込んだかのようだ。裁判官であった重盛の父に手紙を出しているところをみると、彼の裁きによって生かされたことの意味を、自分の娘の姿とも重ねられる咲江を救うことに見出したのかもしれない。
 ただ、こうしたことはすべて観客である私の推測だ。三隅が語るように、凡人である多くの人は物事を「いい話」として理解しがちだから、もしかすると真実は別にあるのかもしれないのだ。

『三度目の殺人』 重盛(福山雅治)は三隅(役所広司)との接見を重ねるのだが……。

◆3人の関係性
 三隅が「空っぽの器」だとすれば、重盛もそうだろう。この作品は拘置所でのふたりの対峙が大きなウェイトを占める。繰り返される接見でふたりは次第に近づいていく。ふたりを真横から捉えた場面では、ふたりを遮るガラス板の存在はほとんど無化されて、ふたりの男は鼻をくっ付けんばかりの位置で見つめ合う。さらにその後の場面では、ガラスの映り込みのなかでふたりの顔が重ね合わされることになる。
 重盛の空っぽさはかつて父親のような裁判官を目指していたのに、今では逆の立場である弁護士となっているところにも表れているし、検察官が重盛に放った「犯罪者が罪と向き合うことを妨げている」という言葉を自分のなかに吸収し、今度はそれを三隅に向かって投げかけるところにも表れているだろう。

 3人が雪のなかで雪合戦に興じる妄想の場面では、最後に三人が並んで雪の上に寝転がる。ここでは三隅と咲江が「十字架の形」となっているのに対し、重盛は「大の字」となっている。これは三隅と咲江が何らかの罪を背負っているということなのだろう。三隅と咲江は共謀して咲江の父を殺したのかもしれない。
 また、殺された男の返り血を浴びる場面もそれぞれに描かれている。頬に飛び散った血を、三隅は自分の身体の内側へと向けて拭いさるのに対し、咲江はそれを外側に拭い去る(これは予告編で確認できる)。咲江が降りかかる災難を払いのけるように罪を犯したのに対し、三隅は罪を自ら引き受けたようにも感じられる仕草と言えるのではないだろうか。さらに実際は犯行現場にいるはずもない重盛も返り血を浴びる妄想を抱くのだが、彼は三隅と同様に自分の身体の内側へと拭っている。これは三隅と重盛の立場が同じということでもあるのだろう。タイトルとなっている「三度目の殺人」とは、三隅が自らを死刑にするという結末のことであり、それは重盛の手助けがあって成り立ったのだから。

◆回想の嘘
 裁判の行方は混沌とし、三隅は殺しは被害者の妻(斉藤由貴)に頼まれたからと言い出してみたり、最後には殺人現場には行っていないと裁判の前提部分までひっくり返すまでに至る。これは「いい話」に解釈すれば咲江を守るためということになるわけだが、結局のところ「真実は藪の中」というところに落ち着く。さらにこの作品は返す刀で司法の問題点にまで踏み込んでいき、見どころは多いのだが、なぜだか釈然としない感じも残る。
 作品の冒頭で三隅が男を撲殺し、その死体に火をかける場面が映し出される。神の視点から描かれたかのようなこの場面は、最初の前提となっている。しかし三隅は後半でこの最初の前提をひっくり返すことになる。神の視点かと思われた冒頭の場面は、三隅の証言(=回想)を映像化したものだったということになる。つまりこの作品は「嘘の回想シーン」から始まっていたことになる。
 「嘘の回想シーン」はヒッチコック『舞台恐怖症』という作品で試みていて、それを失敗だったと断じている。

「奇妙なことに、映画のなかである人物が嘘の話をしても、観客はごく自然にうけいれる。あるいはまた、ある人物が過去の話をするときに、それがまた現在起こっているかのようにフラッシュ・バックで描かれても、だれもふしぎには思わない。ところが、フラッシュ・バックで語られる内容が嘘だと観客はまるっきりうけつけない……」(『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』より)

 何が問題なのかと言えば、映像として描かれることは観客にとって真実のように見えてしまうということなのではないか。「私が男を殺しました」と告白するだけならば、証拠はどこにあるのかとすぐには信じがたいわけだが、映像として観客の前に殺人事件が繰り広げられたならば、それが夢でもない限り真実らしいものとして受け入れられてしまう。だからそんな回想シーンが「嘘でした」とひっくり返されるのは観客としてはどうにも受け入れにくいものなのだ。
 もちろん「嘘の回想シーン」をうまく作品に取り込んでいる『羅生門』のような傑作もある。この作品の原作は芥川龍之介『藪の中』だが、この小説ではある事件の当事者3人がそれぞれに異なる証言(回想)をすることになる。つまりは「真実は藪の中」ということだ。しかしこれを映像化するにあたって黒澤明が追加している部分がある。それが当事者以外の木こりの証言だ。
 『羅生門』では当事者3人がそれぞれに自分に「都合のいい話」を語ることになるのだが、それはまるで見てきたかのように映像化されて観客の前に提示される。これはヒッチコックの言う「嘘の回想シーン」ということになる。単なる言葉だけではなく、映像として嘘が展開されると、それは観客には真実とも嘘とも判別することができないし、映像化されたものは真実らしいものとして受け取られることになる。しかし『羅生門』では嘘を並べて終わるのではなく、より客観的な木こりの証言を最後に提示することで真実らしきものを見せ、観客にもすんなりと受け取りやすいものにしていたとも言えるかもしれない(実際には木こりの話にも嘘は存在するのだが)。
 『三度目の殺人』について言えば、「真実は藪の中」というよりも、すべてが嘘ばかりで観客自体も映画そのものに騙されているような気分になってくるのかもしれない。その感覚はラストで重盛がたたずむ十字路と似たようなものなのかもしれないのだけれど、やっぱりモヤモヤしたものを感じてしまう。

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Date: 2017.09.16 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (11)

是枝裕和監督 『そして父になる』 福山雅治という存在に泣かされる?

 『誰も知らない』の是枝裕和監督作品。出演は福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキーなど。カンヌ映画祭審査員特別賞を受賞した作品。すでにスピルバーグのドリームワークスがリメークするのも決定している。

是枝裕和監督作品 『そして父になる』 主役の福山と出演者たち

 是枝裕和はテレビのドキュメンタリーから出発した人だ。テレビという媒体では、たまたま番組を目にした視聴者をも引き込むような番組作りの必要があるだろう。そうした経験からかはわからないが、是枝作品には、観客それぞれに考えさせるような問題が提起されることが多い。
 たとえば『ワンダフルライフ』では“一番大切な思い出”が問いかけられ、『奇跡』では“自分が望む奇跡”が問いかけられた。この『そして父になる』も、観客はそこで提起される問題を、自分に引き付けて考えざるを得ないだろう。
 この映画では「子どもの取り違え」が題材とされる。主人公の野々宮良多(福山雅治)と妻のみどり(尾野真千子)は、これまで6年間育ててきた慶多が自分たちの子どもではないことを知らされることになる。
 
 「血のつながりか、共に過ごした時間か」。事件の渦中にある2つの家族は、そうした選択を迫られることになる。“選択”とは記したが、実際のこういうケースでは、ほぼ100%で「血のつながり」が選ばれることになるようだ。だから選択の余地はないのかもしれないのだが、「共に過ごした時間」も簡単には捨てることのできないものだろう。そこにはやはり葛藤が生じ、ドラマが生まれる。そして観客は家族というものを改めて考え直すことになるだろう。
 先の言葉は、通常あり得ない事件のため生じた通常あり得ない葛藤だが、教育心理学の知見では、人の個性をつくりあげるのは「遺伝か、環境か」という論点がある。もちろんどちらも重要な要素に違いない。この映画でも、慶多は育ての父親であった良多に似ずに、人にやさしい部分を遺伝的に持っているし、良多の本当の息子である琉晴は生育環境のせいでしつけもなっていないし、ストローを噛んで潰してしまうところは育ての親の癖そのものだ。だから「遺伝か、環境か」というのは、どちらとも容易には言いかねる。(*1)
 どちらにしても本当の子どもを自分の手元に置きたい気持ちは当然だし、それまで築いてきた情をまったくなしにすることもできない。選択のしようがないのだ。この映画でもはっきりとした決断の瞬間はない。ふたりの子どもを一時的に交換するところからスタートし、ある日からそれが固定的なものになるのだが、子どもに取り違えの事実を説明することもないし、親たちが子どもの交換を自分たちの4人の決定として認めるようなシーンもない。頭で考える良多は「なるべく早いほうがいい」と言うのだが、ほかの3人はやさしさゆえに情に流され、うやむやのままにしている。また、良多は父親の言葉や、常識的考えに流されているとも言える。とにかく正しい答えなどないわけで、そうした意味でこの作品は観客に問いかけるものがあるのだ。

『そして父になる』 いかにも二枚目といった感じの嫌な奴、福山雅治

 『そして父になる』には4人の親が登場するが、やはり主役は福山雅治だ。『そして父になる』というタイトルの主語は、当然リリー・フランキー演じる雄大ではなく、福山=良多なのだ。雑誌「CUT」に掲載されたインタビューによると、この映画はもともと福山主演というのが先にあって、いくつかの題材のなかから福山自身がこの題材を選んだのだとか。是枝監督は福山を主役にして脚本をあて書きしたのだ。
 映画の最初のほうでは、リリーがごく自然に電気屋のオヤジになりきっているのに対し、福山はCMやテレビで見る福山のイメージそのものだ。東京タワーが見えるモデルルームみたいなタワーマンションという、いかにもスノッブな場所で、福山が気取った台詞を吐くものだから少々唖然とするかもしれない。しかし、映画を観終わってから考えれば、これも是枝監督の術中にはまっていたということだと思う。良多は福山のイメージをうまく利用した主人公なのであり、そんな福山的存在が事件によってどんなふうに苦しみ、変わっていくかが描かれるのだ。本当の主題は子どもの取り違えという事件よりも、こちらにあるのかもしれない。

 タレント福山雅治はかなりの二枚目で、十人並み以上の成功を手にしている。同様に、彼が演じる良多も、やはり二枚目で成功を手にしている。そして福山も良多もどこか嫌な奴なのだ。嫌な奴というのは、誰もが福山みたいな存在になれるわけではないと嫉妬させる奴という意味だ。ちなみに事件の原因は、福山たち夫婦があまりに幸せそうに見えたという、看護婦の悪意によるものだった。事件のもう一方の当事者であるリリーからは「負けたことない奴ってのは、ほんとに人の気持ちがわからないんだな」と小突かれる。そのくらい福山は嫌な奴なのだ。(*2)
 福山の嫌な部分はそれだけではない。どこか冷たくてあまりに理知的に事を運びすぎ、金や弁護士の力で何でも解決しようとする。そういった鼻持ちならない性格は成功を掴むために遮二無二頑張ってきたということでもあるが、遺伝によるものも大きいだろう。先ごろ亡くなった夏八木勲が演じる父の存在が効いている。出番は少ないが、どこか近寄りがたい雰囲気を持つ父親の存在は、6年間育ててきた息子(慶多)に対する福山の接し方にも影響を与えている。そして、ここが重要だが、福山が抱く父に対しての嫌悪感は、同時に自分の欠点だとも彼は気づきはじめているのだ。
 福山は勝ち組だと自ら信じていたはずだったのに、それを事件によって打ち砕かれ、少しずつ変らざるを得ない。最後には息子に向かって自分を「できそこない」だと語るが、自らの非を認めたことで、福山=良多は本当に父になっていくのだろうと思う。そしてこの映画が泣かせるのは、福山が嫌な奴だったように、われわれ観客も同じように嫌な部分を抱えているからじゃないだろうか。(*3)映画のなかで福山がそれに気づいていくように、観客もそれに気づかされるのだ。
 事件の発端となった看護婦と福山が会う場面や、その後、福山が義母に電話する場面などに泣かされる。ここで是枝監督は、福山に何か感動的なことを言わせるわけではないのだが、それまでの福山の姿を追ってきた観客には彼の言いたいことが痛いほどわかるだろう。福山雅治という存在に泣かされるとは思わなかったのだが、くやしいのだけれど終わってみたら映画のなかの彼に共感していたみたいだ。

(*1) 環境閾値説という考え方によれば、環境がある一定の水準に達していれば、遺伝的要因が顕在化する可能性が高いのだとか。だからどうしても「血のつながり」は捨てられないのだろうか。

(*2) 「やっぱり、そういうことか」、福山は取り違えの事実を知ったときにつぶやく。これも福山の嫌なところであり、後に妻とのいさかいの原因となるのだが、ストリンドベリの戯曲『父』ではないが、男は子どもを自分のものとは信じられないのかもしれない。母親と違い、自分で子どもを産むわけではないから。ストリンドベリの場合は妻への不信や狂気がそうさせ、福山の場合は取り違えという事件よりも、自らへの過信と子どもへの高い期待がそうさせたのかもしれない。

(*3) どこかのブログで拝見したのだが、是枝作品で“良多”という名前の主人公は、この作品のほかにもいくつかあるのだそうだ。そして“良多”という名前の主人公は、是枝監督自身に近しい存在であるのだという。だからこの福山=良多という存在も、タレント福山という絶対的な勝ち組のイメージではなく、嫌な部分を抱えた人間という意味で、われわれ観客にも近しい存在でもあるのかもしれない。もちろん是枝監督自身もどう考えても勝ち組なんだけれど……。

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是枝裕和の作品
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Date: 2013.10.05 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)
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