『蜜のあわれ』 人を好きになるということは、愉しいことでございます。

 室生犀星の同名原作の映画化。
 監督は『狂い咲きサンダーロード』『シャニダールの花』などの石井岳龍

石井聰亙改め石井岳龍 『蜜のあわれ』 赤井赤子(二階堂ふみ)は老作家(大杉漣)の妄想から生まれる。

 成瀬巳喜男『あにいもうと』『杏つ子』の原作者として室生犀星という名前は知ってはいても作品そのものは読んだことがなかったのだけれど、この原作小説は会話だけですべてが成り立っている破格な作品。状況を説明する地の文が一切ないから、そこがどこなのかも時代がいつなのかもわからないし、金魚でもあり女の子でもある赤井赤子の造形に関しても語られることがない。たとえば赤井赤子はこんなふうに老作家に言う。

 おじさま、そんなに尾っぽをいじくっちゃだめ、いたいわよ、尾っぽはね、根元のほうから先のほうに向けて、そっと撫でおろすようにしないと、弱い扇だからすぐ裂けるわよ、そう、そんなふうに水をさわるように撫でるの、なんともいえない触りぐあいでしょう、世界じゅうにこんなゆめみたいなものないでしょう。


 これは金魚の言葉でもありながら女の子の言葉でもあるわけで、女の子のそれとして聞くと妙になまめかしい。原作ではこのあたりは官能小説風に読まれ、読者は好き勝手な想像を膨らませることもできる。けれど映画化となると会話からすべてを想像して世界を構築しなければならないわけで、これはなかなか厄介な映画化だったのではないかという気もする。
 金魚が人間のように振舞うというアイディアは『崖の上のポニョ』みたいだけれど、それアニメではなく実写でやるとなると演じる側が大変だ(ヘタすればまったく酷い代物になる可能性もある)。この作品の二階堂ふみは原作小説が好きだったとのことで、難しい役柄を思い切りよく愉しそうに演じていてこの作品を牽引していたと思う。

『蜜のあわれ』 二階堂ふみの衣装は金魚をイメージした赤が基調となっている。

 赤子は終始赤い衣装で登場し、昭和風のイントネーションでどこか別世界の雰囲気を醸し出している。自分を「あたい」と呼ぶ赤子はまだまだあどけない部分はあるけれど、妙に艶っぽい女となる瞬間もあって、二階堂ふみは『この国の空』に続いてギリギリのところまで露出して張り切っている(クローズアップの真ん丸いお尻だけは代役か?)。
 官能的で幻想的でもあるけれど、コミカルな要素も大きい。赤子は動くたびにポチャンという水の音を響かせ(サザエさんちのタラちゃんみたいに)、本当は3歳っ子の金魚だということを思い出させる。加えて二階堂ふみ自身が振り付けしたという創作ダンスというミュージカル的な側面もあって、珍品だけれどとても愉しい作品になっていると思う。
 金魚の赤に対抗するように白い装束の幽霊も登場する。これもまた作家の妄想が呼び出したものだろう(映画のなかでは誰かが会いたいと思ってくれるとこの世に現れることができるとされる)。この幽霊を演じるのが真木よう子で、なぜか脈絡なく観客へのサービスのごとくに赤子といちゃついて、二階堂ふみの胸を揉みしだくシーンもある。

 作家の妄想が作品そのものとなっているあたりは『女が眠る時』あたりと似ているのだけれど、その妄想のはじけっぷりは『蜜のあわれ』のほうが愉しい。金魚が女の子になるばかりか、それが胃のなかに入って、そのぬめぬめで胃潰瘍を治してくれるなんてバカバカしいことを平気で語ってしまうのだから。
 映画版では原作には登場しない芥川龍之介(高良健吾)が登場する。若くして自殺した芥川に比べ老作家は駄文を書いて生き永らえているという劣等感もあるようで、小説『蜜のあわれ』は室生犀星の晩年の作らしいのだけれど、どこかやぶれかぶれみたいに感じられるところがいい。老作家(大杉漣)は自分が創造したはずの赤子に翻弄され、次第に持て余すようになり、赤子と本気になって喧嘩を始めるあたりもおかしい。

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Date: 2016.04.06 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (4)

綾野剛主演作 『シャニダールの花』 難解? 解釈の多様性?

 劇場の観客にいつも以上に女性が多いのは、今、最も旬と言える綾野剛が目当てだと思われるが、もちろん石井岳龍監督ファンの男性だって楽しめるだろう。主人公・大瀧(綾野剛)を取り巻く女優陣のタイプは様々で、美少女から大人の女まで登場するからだ。恋の相手役には頼りなげで眼鏡が似合うセラピスト・美月響子(黒木華)。ほかにも嫉妬深い大人の女・田村ユリエ(伊藤歩)、不思議系の菊島ミク(山下リオ)、まだまだ幼い美少女・立花ハルカ(刈谷友衣子)などが脇を彩る。この映画は植物学者役の綾野剛が貴重な花である“シャニダールの花”を愛でるように、その花を宿す女性たちを愛でるような映画になっているのだ。


 物語は限られた女性の胸に咲くという美しい花を巡って進む。(*1)その花は画期的な新薬の開発につながるとして驚くほどの高値で取引されている。植物学者の大瀧が勤務するシャニダール研究所では、胸に花が芽吹いた女性をケアしつつ、その花を育て上げ、満開に咲いた花を採取することを目的としていた。



※ 以下、ネタバレあり。


石井岳龍監督 『シャニダールの花』 主演の綾野剛と黒木華

 『シャニダールの花』は、観る人によって様々に異なる感想を生みそうだ。言い換えれば全般的にはよくわからないということでもあるのだが、あえてそんなふうにつくられているようにも思える。たとえば、“シャニダール”とはネアンデルタール人の遺跡が見付かった場所だが、シャニダールでは埋葬されたネアンデルタール人と一緒に花の化石が発見されたことから、その遺跡は死んだ仲間の死を悼むような心の発生を表すものだと説明される。しかし、それは唯一の解釈とは言えないようだ。映画後半で研究所の所長(古館寛治)が語る説では、ネアンデルタール人は花に寄生され絶滅したとされるからだ。
 ネアンデルタール人と花の関係が意味することが、違った解釈で語られるように、この映画で象徴的な意味を持つ女性の胸に咲く花(“シャニダールの花”)も、勝手な想像を膨らますことが可能だし様々な解釈がなされそうだ。人生において「花を咲かせる」と言えば、何らかの成功を意味する。限られた女性にしか咲かないのは、やはり限られた人しか成功には恵まれないということかもしれない。響子は大瀧と恋仲になると花を芽吹く。その大瀧に想いを寄せるユリエは、大瀧の行動にその花の成長も左右される。花がそれを宿す人の心の状態に影響を受けやすいというのも意味ありげだ。
 しかし一方で、花が咲くことに戸惑っている場合もある。ミクはせっかく芽吹いた花をうまく成長させることができないし、ハルカもその花が莫大な金になることを知って親の顔色を窺う様子も見える。そして、その花が満開になり、それを摘むことにより死んでしまう場合も多いのだ(研究所のなかでは秘密にされているが)。これは監督が語るように、その花が“エロスと死”を象徴しており、そんなところに注目すれば精神分析的な解釈で『シャニダールの花』を捉えることもできるのかもしれない。

『シャニダールの花』 植物学者の大瀧はユリエ(伊藤歩)の胸に咲く花を観察する
 
 物語は研究所の嘘(花を摘むことが死につながる可能性があること)が明らかになることで、大瀧と響子の関係に焦点が移る。大瀧との関係で花が芽吹いた響子だが、その芽は大瀧に切り取られてしまう。もちろん大瀧の意図は、花が満開になったときの危険から響子を守るためだ。しかし響子はせっかく咲いた花を最後まで咲かせることを望み、「自分の信じることしか信じないのね」と大瀧を非難して姿を消してしまう。この響子の言葉は、大瀧に対してだけでなく、観客に対しても向けられている。「自分の信じること」以外の可能性のほうへも目を向けろということだ。その意味で、この映画は解釈の多様性が明らかに意識されているのだ。
 だから最後の幻想的な場面も、ひとつの解釈のあり方として提示されている。それは花の種を生んだあとに植物状態のようになってしまった響子の解釈なのだろう。その解釈によれば、目覚めていなかったのは人間の姿をしていた今までのほうで、植物状態の今こそが目覚めた状態であるということ。つまり、人間の姿こそが夢だったのであり、その夢を見ているのは花そのものだったのだ。(*2)
 「胡蝶の夢」の話にもあるように、蝶の夢を見ていたのは荘周であったのか、それとも荘周こそが蝶に見られている夢だったのか、それはどちらでもあり得るということなのだ。

 石井岳龍監督は前作『生きてるものはいないのか』でも終末的な世界を描いていたが、この作品も終末的な匂いがあるし、静かな映像に激しいギターの音が合わされて、独特な狂気の世界を生み出している。

(*1) この設定は、肺の中で睡蓮が咲くボリス・ヴィアンの小説『うたかたの日々』を思わせる。だが、その後に明らかになるように、その花が実は人間に寄生するものだとすると、今度はマンガ『コブラ』「マンドラド」のエピソードを想起させなくもない。いろんな想像が広がる映画だ。

(*2) 胸に咲く花が妙になまめかしく肉感的に撮られているのは、それが人間と同等の存在として描かれていたからなのかもしれない。


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石井岳龍(=石井聰亙)監督の作品
綾野剛の出演映画
Date: 2013.07.23 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)
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