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『凪待ち』 時化るときも凪のときも

 『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』など白石和彌監督の最新作。
 本作はオリジナル脚本で担当は加藤正人。ノベライズ本も出ている。

白石和彌 『凪待ち』 ギャンブル依存症の木野本郁男を演じるのは香取慎吾。


 ギャンブル依存症の木野本郁男(香取慎吾)は、恋人・亜弓(西田尚美)と一緒に彼女の地元の石巻でやり直すことを決意する。石巻では末期ガンの亜弓の父・勝美(吉澤健)と、まだ高校生の亜弓の娘・美波(恒松祐里)との生活が始まるのだが、ある日、亜弓が殺されるという事件が起きる。

 やり直しを図って田舎へと向かった郁男。未だ籍は入れていない郁男と亜弓だが、娘の美波は口うるさい亜弓よりも郁男のほうに馴染んでいるくらい。しかし、事件は悪い偶然が重なって起きてしまう。
 その日、美波は母親の亜弓とけんかし、友達と遊びに行ったまま母親からの電話を無視し続ける。心配になった亜弓が郁男と一緒に美波を探しているうちに、些細なことでふたりは言い争いになり、郁男は亜弓を車から放り出してしまう。そして、その後に亜弓は殺される。
 郁男は亜弓の死を自分のせいだと考え、自分を責めることになる。さらには石巻ではよそ者である郁男を、周囲の目が追い詰める。警察は郁男を犯人と疑い、職場の同僚も都合の悪いことを郁男のせいにするようになる。自暴自棄となった郁男が向かうのはギャンブルであり、際限なくそれにのめりこんでいくことになる。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『凪待ち』 郁男を見守る亜弓の娘・美波(恒松祐里)と亜弓の父・勝美(吉澤健)

◆凪と時化しけ
 『凪待ち』では海という自然現象とわれわれ人間の状態が重ねて描かれていくことになる。舞台となるのは石巻であり、東日本大震災の被害が甚大だった場所だ。劇中の石巻の海の様子は特に荒れた様子もなく凪いでいる。しかし、海は常に凪いでいるわけではない。時に大時化になるときもあるし、地震が来れば津波を引き起こすこともある。
 タイトルの「凪待ち」は亜弓の死後、荒れに荒れて自暴自棄な行動を繰り返す郁男に対する周囲の気持ちを表しているのだろう。郁男は決して悪い人間ではないのだが、ギャンブルとなると自制が効かないこともあり、亜弓のへそくりにも手を出したりもする。それでも亜弓は郁男のことを信じていたし、亜弓亡き後は周囲の人々が郁男を助けることになる。
 亜弓の家に出入りする小野寺(リリー・フランキー)もそのひとりで、小野寺は身を挺して暴漢から郁男を救い、金も用立て、仕事まで世話したりもする。それから最初は素っ気なかった亜弓の父・勝美も、郁男を助けるために自らの船を売ってまで金を作ることになる。そこまでして郁男を助けるのは、郁男は今は荒れているけれど、時が来れば必ず収まるはずだという気持ちがあるからだろう。

 登場人物がそんなふうに考えるのは、海も荒れるときもあれば凪のときもあることを知っているからだ。亜弓は津波によって全部ダメになったと語っていたが、漁師である勝美が見るにはそんなことはない。石巻の海は津波で一度は壊滅的な被害を受けたかもしれないが、それによって新たな海に生まれ変わったというのだ。
 だから郁男も堕ちるところまで堕ちたあとには、生まれ変わることも可能だということなのだろう。ただ、ラストでカメラが捉えた石巻の海の底には、未だに津波で流された家財道具などが沈んでいる。穏やかな海上とはまったく違った世界が垣間見られるわけで、郁男の今後の人生も凪と時化を繰り返していくことになるのだろう。

◆犯人は? ネタバレ注意!
 凪と時化を繰り返すのはほかの人も同様で、勝美はかつて暴力団にも恩義を売っていたほどの人物。それが亜弓の母と出会ったことで落ち着いたとされている。亜弓の元夫(音尾琢真)もかつては亜弓に暴力を振るう男だったが、今では別の女性と新たな家庭に収まっている。
 そして、実は亜弓を殺した張本人であった小野寺も同様だったのだろう。普段の小野寺は凪の状態にあるように見えるが、時化るときもあったのだ。だから小野寺が郁男に示した親切も決して嘘というわけでもないのだろう。何か魔が差した瞬間があって亜弓を殺してしまったわけだが、小野寺は亜弓のことが昔から気になっていたのだ(元夫が語るように亜弓は地元の人気者だったらしい)。だから亜弓が行きたがっていた島のことも覚えていた。亜弓を殺した後の親切は、もしかすると罪悪感も手伝っていたのかもしれない。自暴自棄の郁男に「あんたは生まれ変わった」と諭していた小野寺だが、その言葉は自らも大時化の時を迎えたからこそ出た言葉だったのかもしれない。

 本作の郁男は憑かれたようにギャンブルに金をつぎ込み、自殺を望んでいるかのような行動に走っていく。引き返すチャンスは何度もある。ただ次の勝負で逆転できるかもしれないというギャンブル熱(世の中が傾くようなシーンが印象的)は、郁男をさらなるどん底に叩き落とすことになる。郁男も自らがどうしようもないろくでなしだとわかっているからこそ痛々しい作品だった。
 主役を演じた香取慎吾は白石組の個性的な面々のなかにあっても違和感なかったし、その佇まいはよかったと思う。郁男の同僚を演じた黒田大輔の小悪党ぶりもよかった。郁男に追われてゲロを吐きつつ逃げるところがウケた。

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Date: 2019.07.01 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (3)

『麻雀放浪記2020』 タイミングがね……

 『麻雀放浪記』(和田誠監督)のリメイク。
 監督は『止められるか、俺たちを』『孤狼の血』などの白石和彌

白石和彌 『麻雀放浪記2020』 主役を演じるのは斎藤工。

 1984年の白黒作品『麻雀放浪記』は傑作として名高いわけで、それを今さら素直に作り直しても無謀なことは製作陣も当然わかっているわけで、オリジナルとはまったく毛色の違った作品になっている。
 舞台となるのは2020年で、日本が戦争に負け、予定していた東京オリンピックも中止となってしまったという無茶な設定。オリジナルの舞台が1945年の第二次大戦後だったわけで、『麻雀放浪記2020』は新たな戦後という設定なのだが、それが特段活かされているわけでもなく、そんな時代に1945年から坊や哲(斎藤工)がタイムスリップしてきたらというコメディとなっている。
 学ランに腹巻で首にはタオルというスタイルの坊や哲は、メイド姿のコスプレーヤーのドテ子(チャラン・ポ・ランタンのボーカル・もも)に拾われるものの、1945年の人間とは思われず、奇妙な設定のコスプレ男とみなされてしまう。しかも賭け麻雀は違法だからと禁止されていて、ゲームとしての麻雀しかない2020年の世界に坊や哲は失望することになる。

 来年の2020年はすでに「令和」の時代。そこに「平成」を飛び越えて「昭和」の男がやってきてしまう。そのズレが生み出すアレコレはなかなかおもしろい。テレビの麻雀番組でふんどし姿で人気者となる斎藤工の姿は、イロモノという自覚が潔い感じすらした。ただ、後半の見せ場となるはずの「麻雀オリンピック」の場面が盛り上がりに欠けたようにも思えた。
 というのも坊や哲の目的は、勝負そのものよりも九蓮宝燈を揃えて元の時代に戻るということだけだから。オリジナルでは命のやりとりめいた勝負ごとも、本作ではコンプライアンスへの配慮からかゲームとしての麻雀となってしまっているし、オリジナルでは登場人物が自分の女を売り飛ばしてまで勝負するのと比べると、『麻雀放浪記2020』は何かを失うかもしれないヒリヒリするような感覚がほとんどなかったのは残念なところ。
 オリジナルの『麻雀放浪記』はもちろんのこと、マット・デイモン主演の『ラウンダーズ』とか、ヒッチコック劇場の「南から来た男」あたりには、そうしたヒリヒリする感覚があってギャンブルにはまったく縁のない人間でも引き込まれるところがあったように思う。

『麻雀放浪記2020』 スキャンダラスな顔ぶれ? ピエール瀧の容疑はもちろんアウトだが、ベッキーは単なる色恋沙汰だったわけでちょっとかわいそう?

◆公開前のいざこざについて
 『麻雀放浪記2020』は公開前に別のことで話題となってしまった作品でもある。出演者のピエール瀧が麻薬取締法違反容疑で逮捕されたからだ。しかも保釈されてメディアの前で謝罪したのは公開日の前日だったりもする。某国営放送なんかは有料配信サービスでピエール瀧出演作品を配信停止にしたりもしているなかで、配給会社の東映の社長は「作品に罪はない」としてそのまま公開することになったようだ。
 ここでもしピエール瀧の出演場面をカットするなどの配慮をするとなると、過去の作品にまで影響が出る可能性もあるからだろうか。白石作品には欠かせない役者となっていたとも言えるピエール瀧だけに、その他の作品を守るためにもそうした釈明が必要とされたということなのかもしれない。
 ただ、ちょっとタイミングが悪かったような気もする。「作品に罪はない」と大見得を切って公開した作品が、いざフタを開けてみると悪ふざけとも思えるコメディで、一部ではかえって反感を買っているようでもある(もちろん製作陣は真面目に悪ふざけをしているわけだけれど)。たとえば評判のよかった『孤狼の血』(ピエール瀧も出演)のときだったら釈明も受け入れやすいんじゃないかと思うのだが、何ともタイミングが悪いのだ。
 それから本作には世間で注目を浴びた役者がほかにも顔を出している。AIユキを演じたベッキーと、大会の解説者として本人役で登場する舛添要一元都知事だ。今回のピエール瀧の逮捕も重なって、妙にスキャンダラスな顔ぶれになっているのだ。しかも劇中では「謝罪会見なんて形だけやればいい」みたいな場面もあって、先ほど触れた東映社長の会見さえも形だけのものと受け取られかねない状況とも言えるのだ。
 確かにほかの白石作品と比べると出来がいいとは言いかねる作品とはいえ、色々と不運が重なった作品とも思えた。一方で話題づくりにもなっていたとも言え、私自身はクリスチャン・ベールの化けっぷりが見事な『バイス』と迷っていたのだが、最終的にこちらを選んでしまったわけで一応客を呼ぶ効果はあったのかもしれない。

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Date: 2019.04.10 Category: 日本映画 Comments (10) Trackbacks (2)

『止められるか、俺たちを』 何者かになりたかった女性の青春

 2012年10月に急逝した映画監督・若松孝二を描いた作品。
 監督は若松プロダクション出身で、最近は『孤狼の血』『彼女がその名を知らない鳥たち』などでも活躍著しい白石和彌

若松孝二 『止められるか、俺たちを』 白黒のタイトルバック。門脇麦演じる吉積めぐみと、オバケと呼ばれている秋山道男(演じているのはタモト清嵐)。

 若松孝二の伝記映画だと勝手に思っていたのだけれど、実際にはちょっと違っていて、若松を中心とした若松プロダクションに集まった面々の一時期を描いた作品だ。主人公は助監督として若松プロに入ったばかりの吉積めぐみ(門脇麦)である。
 本作では当時の若松プロに出入りしていた人物が実名で登場する。中心となる若松孝二を演じるのは井浦新。実際の若松孝二がどんな人物だったのかは知らないが、井浦新の演じる若松は飄々として惚けた味がある。ほかにも後に日本赤軍に合流することになる足立正生や、『荒野のダッチワイフ』大和屋竺や、雑誌「映画芸術」編集長で『この国の空』の監督でもある荒井晴彦など、様々な映画人が顔を出す。
 それからめぐみを若松孝二に紹介したオバケは、その本名を秋山道男と言い、後には無印良品とかチェッカーズのプロデュースをした人物とのこと。『ゆけゆけ二度目の処女』では秋山未痴汚という名前でクレジットされていて、劇中で彼が口ずさむ歌がいつまでも耳に残る(『止められるか、俺たちを』でも使用されている)。この歌は中村義則という詩人が書いた「ママ 僕、出かける」から始まる詩に節をつけて歌ったものとのこと。
 とにかく当時の若松プロには様々な才能を持つ人物が出入りしていたということはよくわかる。そんな人たちが寄り集まって若松作品を生み出していったのだ。そんななか若松孝二に怒鳴られながらも、次第に若松組のなかで助監督としての地位を確立していっためぐみだが、その先のことは見えないでいた。映画監督にはなりたいけど、何を撮ればいいのかわからないという鬱屈を抱えることに……。

『止められるか、俺たちを』 手前の吉積めぐみ(門脇麦)と、中心にいるのが若松孝二(井浦新)。

 「政治と文学」という言い方があって、もはやそんなのは死語なのかもしれないけれど、文学をやることが政治ともつながっているということが信じられていた時代があった。そして、それは映画をやることも同様だったのだろう。元ヤクザで警官を殺すことができるから映画監督になったという若松孝二も、映画という武器で世の中と闘うことを目論んでいる。
 本作にも何度か顔を出す大島渚も元々全学連として学生運動に参加していて、後に『日本の夜と霧』(1960年)という政治的な作品を撮り、松竹を辞めて独立プロでやっていった監督だった。映画は単なる職業という以上のもので、映画を撮ることが世の中を変えていこうという運動でもあったということなのだろう。

 本作は若松作品で言えば、『処女ゲバゲバ』『ゆけゆけ二度目の処女』などが公開された1969年あたりから、『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』が出来上がった1971年あたりまでの出来事が追われる。この間、世間では連合赤軍事件があったり三島由紀夫の自殺があったりするが、本作がこの期間で区切られているのは主人公の吉積めぐみが亡くなってしまうから。若松プロでは「3年経てば監督に」と言われていたが、めぐみはその前に死んでしまうことになる。
 若松プロは厳しい世界で「男でももたない」と言われていて、実際に劇中でも辞めていく人はいる。しかし、その理由は様々だ。満島真之介が演じた真っ直ぐな男は、弱小プロダクションが生き残るために金儲けを狙った作品に幻滅して飛び出していくし、映画のなかでやれることはやったと感じたオバケは別の世界での再出発を求めることになるし、大和屋竺はテレビ作品(『ルパン三世』の脚本を書いていたらしい)に足場を移すことになる。
 めぐみのなかでは「何者かになりたい」という漠然とした望みはあっても、自分のなかから湧き出るような表現すべき“何か”は見つからない。周囲にエネルギッシュで才能ある人が多かっただけに、余計に焦燥感を覚えたのかもしれない。そして、同時期に若松プロの同僚との間に子供ができてしまったことも問題だった。ただ、めぐみは子供を堕ろすこともできなかったし、子供を産んで家庭に収まることも望まなかった。その結果がまるで自死のような最期だったということなのだろう。

 白石和彌作品としては毒気が薄まった感じではあるけれど、「何者かになりたい」ひとりの女性の青春映画として、吉積めぐみに対する愛惜の気持ちが素直に感じられる作品となっているところがよかったと思う。個人的には同じ時代に書かれた『二十歳の原点』という本を思い出したりした。この時代の若者は答えを性急に求めすぎてしまっていたのかもしれないなどと感じたりもした。現代の若者だって「何者かになりたい」とは感じているけれど、『ここは退屈迎えに来て』(門脇麦はこっちにも登場する)を観ると、そこまで切実な焦燥感はなさそうに見える。

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Date: 2018.10.28 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『孤狼の血』 ヤクザより警察のほうが怖い?

 原作は“警察小説×「仁義なき戦い」”と評判となった柚木裕子の同名小説。
 監督は『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』などの白石和彌

白石和彌 『孤狼の血』 マル暴のベテラン刑事・大上を演じるのは役所広司。


 暴対法成立前の昭和63年。広島の架空の街・呉原。そこではある失踪事件をきっかけにして、広島の巨大組織・五十子会系の「加古村組」と、地場の暴力団「尾谷組」とが抗争になりかけていた。マル暴のベテラン刑事・大上(役所広司)は、新人刑事の日岡(松坂桃李)と組まされて捜査を開始する。

 東映のヤクザ映画は久しぶり。それだけに気合いが入っている。製作陣が「テレビでの放映は考えていない」というように、お茶の間で放映するには問題がありすぎる内容だ。冒頭は養豚場の豚がひり出す糞のシーンだし、放送にはふさわしくない品のない言葉の連発だ。血みどろの暴力行為(最後の殺しの撮り方にこだわりを感じた)はもちろんのこと、腐乱死体に土左衛門、エロもあり、様々な規制の対象となるものばかりなのだ。そんな規制なんぞクソ喰らえとばかりの熱量で生み出された作品は見逃せない1本となっていることは間違いない。

 主人公である大上はマル暴の刑事。暴力団を相手にするマル暴は、自分もそれだけの気構えがなければやっていけない。一昨年の白石作品『日本で一番悪い奴ら』でも、真面目な警察官だった主人公はマル暴となったことで変貌していく。『孤狼の血』の大上も本物の暴力団以上に暴力団らしい風貌と度胸を持っている。
 大上は「警察じゃけ、何をしてもええんじゃ」と言うように、捜査のためには手段を選ばない。そんな大上に翻弄されることになるのが新人の日岡。広島大学出のエリートとしては、違法行為も厭わない大上のやり方には反発を覚えながらも、マル暴としての生き方を学んでいく。

『孤狼の血』 役所広司演じる大上の風貌には凄みがあった。

 久しく見なかった暑苦しい男たちの切った張ったのやりとりは、それだけで十分に見応えがある。いつもはちょっと食傷気味な感もある役所広司だが、今回のヤクザのような刑事という役柄は魅力的だった(役所広司には『シャブ極道』という作品もあるらしいのだが未見)。ただ、いくつか気になる点もあった。
 マル暴の大上は暴力団と癒着しているように見えるのだが、それは暴力団を飼い殺すためだ。対立する暴力団の両方と交渉し、決定的な戦争へと発展することを避けようとする。それが何のためなのかは大上の死のあとになって次第に明らかになる。
 ここが感動的なところでもあるのだが、あまりに大上がカッコ良すぎて、真相が明らかになるにつれて妙に醒めてしまった。大上が暴力団の内部にまで入り込んで彼らを操ろうとするのは、カタギの人間を守るためだというのだ。そのためには暴力団と同じように違法行為も辞さないし、同時に警察上層部に背後から刺されないように彼らの弱味を握り、自分の立場を堅固なものとする。誰に頼まれたわけでもないのに独りで勝手に命を張っているのだ。
 原作者も多大な影響を認める『県警対組織暴力』の主人公の刑事(菅原文太)が広谷(松方弘樹)に肩入れするのは、彼の男気に惚れたからだった。カタギの人間のためなどという正義感よりも、こちらのほうが腑に落ちる気がするのだ。

『孤狼の血』 新人刑事の日岡を演じる松坂桃李と、薬局の店員を演じる阿部純子。阿部純子は以前「吉永淳」という名前で『2つ目の窓』に出ていた人。

 それからもうひとつの違和感は、大上(=狼)の血を受け継ぐこととなる日岡の、その受け継ぎ方だ。日岡はただの新人ではなく、県警から送られたスパイとして大上を監視するのが真の任務だった。そんな日岡が大上の死によって変貌する瞬間がこの作品の見どころでもあり血がたぎる部分でもある(今回も松坂桃李はおいしい部分を持っていっている)。ただ、後になってよく考えてみると、大上と日岡には立場に違いがある。
 大上は暴力団を飼い殺して操ることを選んでいたわけだが、日岡のやり方では決定的に暴力団と対立してしまっている。「暴力団は駒に過ぎない」と言ったのは大上だが、そう言いつつも暴力団を潰そうとはしていなかったわけで、日岡のやり方は警察という権力の手先になっているだけのようにも見えてしまう。大上の正義は暴力団と警察の間でバランスを取ることだったわけだが、日岡の足場は警察のほうにある。しかも警察内部の不正を暴くことこそが仕事であり、最後に吐く捨て台詞は「まだまだ悪徳警官は残っている」という言葉だった。“ヤクザもの”のパッケージで売りに出されている作品だが、実は“警察もの”なのだ。
 暴力団の無軌道なエネルギーの発散こそが“ヤクザもの”の魅力だとすれば、この作品ではそうしたエネルギーは警察という権力によって騙され丸め込まれてしまう。警察が取り締まりに本腰を入れ暴力団員がどんどん減少している時代の趨勢からすれば、そうした結論になるのは致し方ないのかもしれないけれど、映画としてはちょっと寂しいような気もした。

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Date: 2018.05.16 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (5)

『彼女がその名を知らない鳥たち』 谷崎的マゾヒズムの世界?

 原作は『ユリゴコロ』などの沼田まほかるの同名小説。
 監督は『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』などの白石和彌

白石和彌 『彼女がその名を知らない鳥たち』 十和子(蒼井優)と陣治(阿部サダヲ)の関係は愛なのか?


 十和子(蒼井優)は陣治(阿部サダヲ)の家に居候している。働きもせずに陣治がくれるわずかばかりのお小遣いで自堕落な生活をしているのだ。彼女は8年前に別れた男・黒崎のことを未だに引きずっているようで、ある日、彼とよく似た水島という男と出会い、彼との情事に溺れていく。

 十和子と陣治の関係はちょっと不思議なものにすら感じられる。十和子からすれば陣治はかなり歳の離れたおじさんだし、何と言っても陣治は薄汚いからだ。食事の際には差し歯をはずしてテーブルの上に置いてみたり、臭ってきそうな靴下を脱いでみたりと、女性が嫌がりそうなことばかりしているのだ。
 十和子はそんな陣治に依存して生きている。家事などは何もせず水島(松坂桃李)との不倫関係に夢中になる十和子は、陣治のことを利用しているようにしか見えない。それでも陣治は「十和子のためだったら何でもできる」と言い切ってはばからない。
 陣治はなぜそこまで十和子に尽くすことができるのか。そこには過去の男・黒崎(竹野内豊)のことが関わってくるらしい。実は黒崎は失踪してしまったというのだが、その失踪事件には陣治が関わっているのかもしれない。陣治はいったい何をしたのか?

 ※ 以下、ネタバレもあり!
 

『彼女がその名を知らない鳥たち』 十和子は黒崎(竹野内豊)との再会を妄想するのだが……。

『彼女がその名を知らない鳥たち』 水島(松坂桃李)との情事に溺れていく十和子だが、結局都合のいい女なのかもしれない。

 それまでのふたりの関係が一変するしたようにも感じられるところは感動的でもあったのだけれど、陣治の最後の行動が予想外にも感じられて戸惑ってしまった。というのも、ふたりの関係を見ながら私が勝手に思い浮かべていたのは、『春琴抄』とか『痴人の愛』なんかの谷崎潤一郎の世界だからだ(谷崎の影響下にある映画『月光の囁き』なんかも)。
 『春琴抄』『痴人の愛』には谷崎潤一郎という男性作家による女性崇拝の色合いも濃く、どんなに酷い目に遭っても崇拝する女性によって恍惚とさせられる瞬間があったはずだ。しかし『彼女がその名を知らない鳥たち』の陣治にはそんな瞬間があっただろうか。ただひたすらに十和子に尽くすばかりで報われることが皆無だったようにも思うのだ。十和子の笑顔が見られればなどとは言うものの、陣治はちょっといい人過ぎないだろうか。
 もっともこの作品に谷崎的なマゾヒズムを読み込んだのは私の勝手な思い込みであって、単にそれは間違いだったのかもしれない。というのはこの作品の原作は沼田まほかるという女性作家によるものだから。ちなみに白石監督も原作を最初に読んだとき、ラストには疑問を持っていたようだ(この記事を参照)。白石監督は男性目線で原作を読んでいたのだろう。
 この作品の主人公はもちろん十和子であり、十和子の視点ですべてが描かれている。十和子はすでに死んでいる黒崎と幻想のなかで海辺に遊んだり、水島との情事の後ではタッキリマカン砂漠の妄想を抱いたりもする。そんな十和子の妄想のひとつとして陣治という男も存在しているのかもしれない。
 十和子は男にだらしなく、自制心にも欠けるどうしようもない女だ。それでも、そんなダメな十和子のことを真摯に気にかけてくれる陣治のような男に出会うこともある。そんな原作者の妄想がこの作品に結実しているようにも感じられたのだ。とはいえ陣治の行動が十和子の幸せにつながっていったのかどうかは微妙なところでもあるのだけれど……。

 ラストに関しては微妙だけれど、登場してくるキャラは色合い豊かで楽しめる作品だったと思う。世間では不倫関係がバレただけでタレントなんかは散々な目に遭うことになっているのに、この作品でのキャラクターのクズっぷりはとんでもない(特に竹野内と松坂の演じた男ども)。世間の共感なんか「クソ喰らえ」とでもいうこの作品の姿勢にはかえって好感を抱く。
 白石監督はロマンポルノのリブート作品『牝犬たち』なんかも撮っているからか、結構艶かしい場面もあった。そんななかで蒼井優も大人になったということなのか、『オーバー・フェンス』以上にかなり際どい場面も演じている。蒼井優が女子高生役だった『リリイ・シュシュのすべて』は15年以上も前の作品なのだなあとちょっと感慨に耽ったりもした。

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Date: 2017.11.11 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (6)
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新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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