橋口亮輔の待望の新作 『恋人たち』 届かない想い?

 『ぐるりのこと。』以来7年ぶりの橋口亮輔の長編作品。その間には短編『ゼンタイ』なども公開されているが、『恋人たち』では『ゼンタイ』のときにも出演していたワークショップの面々が堂々の主役を務めている。『ゼンタイ』の草野球のエピソードで目立っていたのは篠原篤だったし、ラストシーンは成嶋瞳子の微妙な表情だったようにも記憶しているし、ふたりは監督のお気に入りなのだろう。
 今回は初日の2回目に観たのだが、上映前には監督と出演陣からの舞台挨拶が行われた。テアトル新宿のロビーには人が入りきれないほどごった返していた。関係者らしき人も多かったが、やはり久しぶりの橋口作品ということで注目しているファンも多いのだろうと思う(もちろん私もそのひとり)。

橋口亮輔の長編新作 『恋人たち』 橋の下で仕事をするアツシ。ラストではその川の上から青い空が垣間見られる。

 この映画は3つのエピソードが中心となっている。それらのエピソードがどこかで結び合ったりすることはないのだが、橋口監督曰く「飲み込めない想いを飲み込みながら生きている人」が主人公という点では共通している。
 アツシ(篠原篤)は通り魔事件で妻を亡くしている。突然妻を奪われたアツシは精神的な病に陥り、犯人に復讐したいというどうしようもない考えを振り切ることができないで苦しんでいる。
 瞳子(成嶋瞳子)は平凡な主婦だが、白馬の王子様願望も捨てられない。旦那との義務的なセックスと姑との同居という退屈な日々を、雅子さまのビデオを見ながらやり過ごしている(皇室ファンの瞳子にとって雅子さまは憧れの存在)。ある日、職場に出入りする業者の男と親しくなり、その男(光石研)に惹かれていくことになる。
 弁護士をしている四ノ宮(池田良)は、エリートとして人を見下している。パートナーからも「尊敬できない」と言われているところからすると、階段で突き落とされるのは誰かから恨みを買っていたのかもしれない。そんな四ノ宮はゲイであることで謂れのない中傷を受けることになる。

 「飲み込めない想い」を抱えたとき、人はどうすればいいか。
 エピソードの多くは、脚本も書いている橋口監督の体験が込められているようだ。鑑賞後に雑誌のインタビュー(『映画秘宝』が一番詳しい)などを読むと、橋口監督自身がこの作品中のアツシと同じように、金もなくて「増えるワカメ」ばかり食べて過ごしていた時期があったとのこと。詳細はわからないが、映画関係の詐欺に遭ってしまったらしく、アツシみたいに「クソ」という言葉しか出てこないような状況にあったらしい。残念ながら世の中にはそんな悪意のある人もいるようだ。
 橋口監督は『ハッシュ!』まではごく個人的なセクシュアリティの問題を中心に描いていたわけだが、『ぐるりのこと。』ではもっと普遍的な家族の問題へ移っていった。『ぐるりのこと。』の法廷画家が見聞きすることになる事件は、その被害者からすれば「なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか」としか言いようがないものだったわけで、『恋人たち』の「飲み込めない想いを飲み込みながら生きている人」と通じ合っている。
 『恋人たち』のアツシの周囲にもクソみたいな奴らがいっぱいいる。患者に理解のない医者とか、金を払えとしか言わない役所の男(山中崇)とか、アツシは何度も爆発しそうになるがそれを何とか押し留める(よく我慢したものだと感心してしまうほど)。また、職場の人たちは悪い人たちではないのだが、アツシが暗く沈んでいるときにオリンピック関係の仕事を受注したとお祭り騒ぎをやらかすとなると、「オリンピックなんてどうでもいい」とつぶやきたくなるのも当然のことだ。そんな意味ではこの映画はひどく重苦しくて辛いものとなっているのだが、それだけでは終わらないものを見せてくれる作品でもある。

『恋人たち』 アツシ(篠原篤)は浮かれている周囲と馴染めない。『ぐるりのこと。』の主役リリー・フランキーも顔を出す。

『恋人たち』 瞳子(成嶋瞳子)は詐欺師の男(光石研)に惹かれていく。

『恋人たち』 階段から落ちてケガをした四ノ宮(池田良)はそれでもデカイ態度。

 この作品のタイトルは『恋人たち』だが、「飲み込めない想い」を抱えた主人公たちの隣にその相方はいない。ラストでは3人の主人公が自らの想いを吐露することになるわけだが、それを聞く相手はいないのだ。
 アツシは亡くなった妻に向けて語ることになるし、四ノ宮はかつての恋人に電話を切られてしまい、聞き手のいない携帯電話に向かって想いを告白するしかない。そして駆け落ちめいたことをすることになる瞳子は、想いを寄せた相手がチンケな詐欺師だと知り、薬で前後不覚に陥った男に向かって語ることになる。主人公たちの想いはどこにも届かないのだ。
 「飲み込めない想い」が簡単に解消するわけがないのだろうと思う。誰かが苦しみを肩代わりしてくれることもないし、宗教的な救いがあるわけでもない。ただ、アツシの場合を見ればわかるように、「生きることも死ぬこともできない」というところまで、底の底まで落ちれば昇るしかない。生きることも大変だけれど、簡単に自殺することも、憎い相手を殺すこともできないわけで、自分なりに事を了解して前に進むしかないということなのだ。
 心情の吐露は誰にも届かなくても、自分だけには聞こえている。自分なりに「飲み込めない想い」を解消していくには、自分なりの了解の仕方しかないわけで、それは誰かが教えてくれるものではないということなのだろうと思う。

 不愉快な人間がいっぱい登場するこの作品だけれど、なかにはいい人もいる。アツシの先輩・黒田大輔は片手がない。爆弾を作っていて失敗したらしい。これはなぜか皇居を狙おうという意図だったという危ないネタになっていて、皇室ネタがほかにも登場してくるのがおもしろい。
 そんな黒田がなぜ今ではアツシにやさしいのかはわからないのだが、紆余曲折あってそんな境地に辿り着いたのかもしれない。爆発寸前のアツシに押し付けがましくなく声をかける難しい役どころを演じるのは、役名と同じ黒田大輔。この作品は橋口監督がそれぞれの役者のことを知ってあて書きしたものだけに、そのほかの役柄もぴったりとはまっていた。
 嫌な感じの弁護士・四ノ宮を演じた池田良は一見するとひ弱だが、口を開けば自信たっぷりというギャップがおもしろく、終始笑みを絶やさないのがかえってどこか壊れているような印象。平凡な主婦役で全てさらけ出しているのが成嶋瞳子で、この映画でもいわく言い難い表情を見せている。そして、どうしようもない想いを不器用にぶつけていた篠原篤には泣かされた。
 舞台挨拶でも橋口監督が篠原篤を「不器用」だと評していたけれど、この作品も心情を吐露する場面では技巧を凝らさず愚直なまでに3人の表情だけに迫っていた。橋口監督のほかの作品と比べれば不器用な感じもあるのだけれど、作るべき必然性が伝わってくる作品になっているところが感動的だったと思う。

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Date: 2015.11.15 Category: 日本映画 Comments (2) Trackbacks (7)
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