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『ハナレイ・ベイ』 クールな女性の胸の内は?

 原作は村上春樹の同名短編小説(『東京奇譚集』所収)。
 監督は『トイレのピエタ』松永大司
 
松永大司 『ハナレイ・ベイ』 主役のサチを演じる吉田羊と、その息子役の佐野玲於、一番下は仲良くなったサーファー二人組のひとりの村上虹郎。

 シングル・マザーのサチ(吉田羊)は一人息子のタカシ(佐野玲於)の突然の死を知らされる。タカシはハワイ・カウアイ島のハナレイ・ベイで、サーフィンの最中にサメに襲われたのだ。現地まで向かったサチは、そこで片足を噛み千切られたタカシの遺体と対面する。
 サチは息子が死んでもあまり動揺というものを見せない。というのも、彼女はタカシのことがあまり好きではなかったとも感じていたから。もちろん愛してはいるのだけれど、嫌ってもいる。サチはタカシのなかにドラッグで死んだ旦那(栗原類)の姿を見ているのだ。
 サチはそれから毎年同じ時期に休みをとって、数週間ハナレイ・ベイに滞在する。タカシが亡くなった海でビーチチェアに身を預け本を読み、雨が降れば車のなかから海を眺める。そうした10年が過ぎ、サチはその海辺で日本人の二人組(村上虹郎佐藤魁)に出会い、“片足のサーファー”の噂を聞くことになる。

『ハナレイ・ベイ』 サチはタカシの亡くなった海の近くで毎年数週間を過ごすのだが……。

 冒頭にイギー・ポップ「The Passenger」に合わせてタカシが登場する。この曲のタイトルは「乗客」を意味し、運転免許を持っていなかったイギー・ポップがデビッド・ボウイの運転する車の助手席に乗っているときに生まれたものだという。
 タカシが何に乗っていたかと言えば、サーファーだから波乗りであり、その後にサメに襲われ自然の循環に乗って消えていくことになる。ちなみに「The Passenger」には「お荷物」という意味もあるとのこと。
 この曲はラスト近くでサチが涙を流しつつ聴くことになるのだが、この曲の入ったカセットテープはサチの旦那が遺したものをタカシが受け継いだもの。彼らがこの曲を好んで聴いていたのは、自分がサチにとっての「お荷物」だと感じていたからだろうか。そんなわけだからタカシとサチの関係もうまくいくわけがないのだ(断片的に登場する過去の場面では、ふたりのギスギスした関係が描かれるのだが、ハナレイ・ベイの自然の光と対照的な人工的な光のなかのふたりが寒々しい)。

 サチはクールな女性で、度重なる不幸にも冷静に対処して前に進んでいる。それでもサチに屈折したものを感じるのは、亡き旦那が嫌いならば彼の荷物など捨ててしまえばいいのに、クローゼットの奥に取っておいたりするところがあるから。タカシのことを愛していたけれど嫌いでもあるという複雑な気持ちも、そうした屈折のなせる業だろう。
 タカシが亡くなった海には10年も通っているのに、サチのすることは海の近くに陣取って読書するばかり。親切な地元の女性が取っておいてくれている彼の手形を頑なに受け取らないのも、ハナレイ・ベイに“何か”がいるのは感じているのに、それを直視することは避けていたということだろうか。ただ、“片足のサーファー”の噂を聞くと居ても立ってもいられなくなり、ビーチを探し回ることになる。タカシのことを知りもしないサーファーたちに見えるのに、自分に見えないのは耐え難いということだろうか。

 本作はサチがタカシの死を受け入れるまでの過程をハナレイ・ベイの美しい自然をバックに丁寧に描いていく。チャレンジングなのは、サチの内面をほとんど説明しないところだろうか。たとえば『トイレのピエタ』には死んでいく主人公に付き添い話を聞いてくれる同行者がいたし、主人公の内面を感じさせる絵画もあった。しかし、本作ではサチが内面を打ち明けるような同行者はいない。サチはハナレイ・ベイの自然を相手に独り相撲を取るばかりなのだ。
 個人的にはこの禁欲的な描き方には好感が持てたし、ラストの振り返ったサチの柔和な表情もその目に映ったものが何なのかを能弁に示していたんじゃないかと思う。ただ、屈折したクールな女性の内面を慮るのはなかなか厄介だよという意見もあろうかとも思う。

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Date: 2018.10.26 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『トイレのピエタ』 マリアの穏やかな表情に託したもの

 原案はあの手塚治虫なのだそうだ。手塚治虫が病床で書いた日記の最後のページに「トイレのピエタ」というアイディアがあり、「浄化と昇天、これがこの死にかけた人間の世界への挑戦状なのだ!」と結ばれている。この作品はそれを元に、ドキュメンタリー映画を撮っていた松永大司が脚本を書き上げて監督をした劇映画デビュー作。
 今年6月に劇場公開され、今月14日にソフトがリリースされた。

松永大司 『トイレのピエタ』 園田(野田洋次郎)は病院で真衣(杉咲花)と出会う。


 ビルの窓拭きをしている園田宏(野田洋次郎)は突然の病に倒れ、検査結果を聞きにやってきた病院で真衣(杉咲花)という少女と出会う。園田はそこで余命3カ月を宣告されることになるのだが、それを聞いた真衣は「今から一緒に死んじゃおうか?」と園田を誘う。

 園田は美人でエロい彼女(市川紗椰)とも別れ、画家の夢もあきらめて、何となくバイトで食いつなぐ無為な日々を過ごしていた。そんな日々も突然の余命宣告で一変する。園田はビルにしがみつく自分を虫のようだとは思っていたけれど、虫みたいに儚い命とは思っていなかったわけで、そうなると残り少ない時間をどう過ごすのかを考えるようにもなる。
 というわけでこの映画は闘病ものということになる。よくある話ではあるけれど、それを見守る相手はちょっと変わっている。女子高生の真衣は家庭の事情で「死にたい」と考えているのだ。死んだように生きていた男と、死にたいと考えている少女。そんな組み合わせなのだ。

 もともと真衣は園田に何の関係もない人物だ。たまたま病院で出会い、家族のフリをしてくれる人として園田が誘っただけ。だから見ず知らずの園田が余命宣告を受けても、真衣は同情を寄せることもない。真衣は真衣で自分の直面する現実に精一杯なのだ。真衣はうわべだけを取り繕うようなことはしない。そういったことは世間をうまく渡り歩こうとする人(たとえば園田の元彼女)には必要だが、死にたいと思っている真衣には必要ないからだ。そして園田に対しても「自分で死ぬことも生きることもできないじゃん」と痛いところを突く。
 ただ、ふたりには死を身近に感じているという点では共通点もあったわけで、園田は真衣の姿からがむしゃらな生き方を学ぶことになる。真衣は現実逃避から「死にたい」と言うのだが、それが本心か否かはわからない。プールに忍び込んで金魚を放ち、水泳部の男から追いかけられたときには全力で逃げ出したように、本当に間近に死が迫れば真衣も必死になって生きるかもしれないのだ。園田は全力疾走する真衣の姿をたまたま目撃して、自分もそんなふうに生きたいと感じるのだ。
 園田は残り少ない命を削って、自宅のトイレにピエタを描く。壁も天井もすべてを使って描かれたピエタは、真衣がモデルとなった女性が中心に座る園田を抱きかかえるように包み込んでいる。画家を目指していた園田の最後の作品が「トイレのピエタ」だったのだ。

『トイレのピエタ』 ピエタという題材といい、何となくギドク作品を思わせるような気も。金魚は『悪い女』というギドク作品にも登場していた。

 ギドクの『嘆きのピエタ』では、ピエタの“哀れみ”がクローズアップされていた(実際にイタリア語の「Pieta」は「哀れみ」とか「慈悲」を指すらしい)。一方、『トイレのピエタ』ではミケランジェロ「サン・ピエトロのピエタ」が登場するのだが、亡くなったイエスを見守るマリアの表情がとても穏やかであることが強調されている。園田と同じような境遇の息子を持つ母親(宮沢りえ)は、マリアの表情に「死んだ我が子をどうしてこんなに穏やかな顔で抱えていられるんですかね」と不思議そうにしている。それを考えると、園田のピエタも“哀れみ”とは別の何かを表現していたのかもしれないとも思う。
 園田は自分がその中心となるピエタを描いたわけで、真衣に自分がやさしく抱きかかえられるイメージとなっている。ピエタが“哀れみ”を表現するとなれば、園田が描いていたピエタは自己憐憫となってしまう。もちろんそういう感情もあるだろう(何の因果か若くして病に倒れれば、そんな気持ちにもなる)。ただそれだけではないだろう。死んだように生きていた男が最後にちゃんと生きることができたのは真衣のおかげでもあり、園田のピエタは真衣に対するメッセージとしてあるのだろう。そのメッセージは言葉にすると陳腐なものにもなりかねないが、マリアの穏やかな表情に込められたものだろうと思う。
 園田のピエタに託したものはすぐには真衣には伝わらなかった。ただ、そのインパクトは真衣の脳裏に焼きついたはず。夜を彷徨って明け方に涙したとき、真衣には何かが伝わっていたようにも見えたし、その後の人生において真衣は何度も園田のピエタを思い起こすことになるのかもしれない。

 園田を演じた野田洋次郎(「RADWIMPS」というバンドのヴォーカルとのこと)は醒めた雰囲気がよかった。そして、そんな園田をも熱くさせる真衣役の杉咲花の、自由奔放な振る舞いも見どころだと思う。大人がまだまだ子供っぽい女の子に振り回される感じがふたりの組み合わせによく合っていた。ついでに言えば、リリー・フランキーは相変わらずうまい。

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Date: 2015.10.24 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (2)
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