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『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』 想いは消えない?

 『セインツ -約束の果て-』『ピートと秘密の友達』のデヴィッド・ロウリー監督の最新作。

デヴィッド・ロウリー 『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』 ゴーストとなったC(ケイシー・アフレック?)はM(ルーニー・マーラ)を見守り続ける。


 テキサスのある一軒家。そこに住む若いふたりの男女。ある日、交通事故で片割れのC(ケイシー・アフレック)が死んでしまう。しかし、Cは遺体安置所からシーツを被ったまま起きだし、ふたりが住んでいた家に戻ってくる。Cはゴーストとなって、ひとりになってしまったM(ルーニー・マーラ)を見守り続ける。

 スタンダード・サイズで角が丸みを帯びた凝ったスクリーンに映し出されるのは、ゴーストとなったCがひたすらMを見守り続ける姿。ゴーストはMに対して自らの存在を知らせることができない。ただ、Mの隣に突っ立っている。というか足があるのかどうかもわからないので、ただそこに存在しているだけとも言える。
 しかも片割れCを亡くしたMは新しい男を見つけ、その家を去っていくことになる。それでもゴーストはその家に縛り付けられたまま、新しい住人が来ては去っていく永遠のような時間をそこに存在し続ける。

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』 スクリーンのデザイン(?)が凝っている。ゴーストはある方法で時間を遡る。

 『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』では後半になって唐突に熱弁を奮う男が登場する。その男によれば、人々は自分のことを忘れて欲しくなくて何かしらの遺産(レガシー)を残そうとする。ただ、それらも宇宙が滅亡する日にはすべて消えてなくなってしまう。要はすべてが無意味なんじゃないかということだ。しかし、本作ではそれは否定されることになる。
 というのは男が語っていたのは「人間の世界」の話であり、本作にはそれに重なり合う形で「ゴーストの世界」があるからだ。「人間の世界」の時間は直線的であり終末に向かって進んでいく。一方で「ゴーストの世界」の時間は円環的だ。ここでは世界は再び同じ時間を繰り返すことになる。つまり「ゴーストの世界」ではすべてが消えてなくなることなどないのだ。だからゴーストの視点から見れば、熱弁を奮っていた男は「人間の世界」しか見ていない浅はかな存在ということになるのだろう。
 この「ゴーストの世界」の時間は『スローターハウス5』の異星人の時間感覚と似たようなものだろう。

 わたしがトラルファマドール星人から学んだもっとも重要なことは、人が死ぬとき、その人は死んだように見えるにすぎない、ということである。過去では、その人はまだ生きているのだから、葬儀の場で泣くのは愚かしいことだ。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず、常に存在してきたのだし、常に存在しつづけるのである。たとえばトラルファマドール星人は、ちょうどわれわれがロッキー山脈をながめると同じように、あらゆる異なる瞬間を一望のうちにおさめることができる。


 「ゴーストの世界」では同じ時間が反復する。ゴーストは人間のように退屈したりもせずに、ひたすらにそこに居ることができる。なぜそこに居るのかと言われれば、「人間の世界」に未練があるからだろう。ゴーストは“あの世”への入り口を無視して、Mのいる家に帰ってきたのだから。
 そして隣家のゴースト(シーツの柄がかわいらしい)が「待ち人が来ない」ということに納得して成仏したように、CのゴーストもMが家の隙間に残したメモを読むことで成仏する。一度はそのタイミングを逃しても次がある。そして、何度でも気の済むまで同じ時間を繰り返すことができる。つまり人間の営為は決して無駄ではないし、Mの残した想いも消えることはない。人の残したレガシーは「ゴーストの世界」では永遠に形を留めているということになるのだろうと思う。

 デヴィッド・ロウリーのデビュー作『セインツ -約束の果て-』はボニーとクライド的な男女を本作と同じケイシー・アフレックとルーニー・マーラが演じ、テレンス・マリック『地獄の逃避行』を思わせる映像と共に描いていた。前作の『ピートと秘密の友達』はディズニー作品だからちょっと毛色が違うが、本作もどことなく『ツリー・オブ・ライフ』以降のテレンス・マリックを思わせるところがある。
 『ツリー・オブ・ライフ』は宇宙誕生からの長い長い時間を見つめる視点から描かれていたし、「これは一体どういう意味なんだろうか」と映像を見つめながら途方に暮れてしまうようなところが似ているのだ。本作ではMが延々とパイを食べ続けるシーンをひたすらに見つめ続ける。これは時間感覚が違うゴーストの視点だからこそなのだけれど、人間としてはその退屈さに飽き飽きしてしまう場面でもある。それでも本作はラストの救いとも感じられる成仏シーン(?)によって、ギリギリわれわれ人間にもわかるところに踏み留まっていたような感じもして、「ゴーストの世界」の円環する時間と同じようにもう一度最初から見てみたいとも思わせるものがあった。

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Date: 2018.11.23 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『キャロル』 テレーズのまだ見ぬ世界は……

 『ベルベット・ゴールドマイン』『エデンより彼方に』などのトッド・ヘインズの最新作。
 原作は『リプリー』『殺意の迷宮』(映画版は『ギリシャに消えた嘘』)などのパトリシア・ハイスミス

トッド・ヘインズ 『キャロル』 テレーズとキャロルはクリスマス前の高級百貨店で出会う。


 舞台は50年代のニューヨーク。高級百貨店でアルバイトとして働くテレーズ(ルーニー・マーラ)は、お客として現れたキャロル(ケイト・ブランシェット)に目を奪われる。キャロルもその視線に気づき、ふたりは売り子と客としてクリスマス・プレゼントを介して接する。たまたまキャロルが手袋を忘れ、それをテレーズが自宅へ郵送したことからふたりは親しくなっていく。

 トッド・ヘインズあるいは脚本家のフィリス・ナジーは、この映画を同性愛を描いたものというよりも純粋な恋愛物として意識しているようだ。時代は50年代である。たとえば同じトッド・ヘインズの『エデンより彼方に』では、同性愛は病気として治療の対象となり差別的扱いを受けていたのだが、『キャロル』ではそんな他者からの目線は極力排除されている。
 レストランにしても、旅先のモーテルの部屋にしても、ほとんどキャロルとテレーズだけで話は進んでいく。ふたりだけの世界なのだ。旅先で車のフロントガラスのなかにふたりが並んで映る姿によく表れているように、閉ざされた空間にいるために外部からの視線は感じられないのだ。
 ふたりだけの世界だから純粋なふたりの恋愛がある。ただそうなると障害によって燃え上がったりすることもないわけなので、ふたりの間に交わされる感情はあまり熱を帯びたものには感じられなかった。キャロルは夫の家族との気取ったやりとりを嫌悪するけれど、テレーズとの関係がその反対側へと乱れていくということもなかったようだ。ふたりの関係はとても上品で、ベッド・シーンのルーニー・マーラの裸もあくまで美しいものとして描かれていて妙に淡白だった。

『キャロル』 テレーズ(ルーニー・マーラ)はお人形さんのようにも見える。50年代の映画を意識しているのだとか……。

『キャロル』 キャロル(ケイト・ブランシェット)は夫と離婚訴訟中。魅力的な大人の女性をケイト・ブランシェットが見事に演じる。

 ここまでは原作のことに関しては触れなかったのだが、原作を読んでから映画版を観ると、原作にあった大事なものが抜け落ちているようにも感じられる。「映画は原作とは別物なのだから」とは以前にどこかでも書いたのだけれど、やはり気になるところもあるので……。
 まず映画版ではキャロルのウェイトが大きいけれど、原作ではあくまでテレーズが主人公である。タイトルに“キャロル”の名前が付けられているのは、テレーズの羨望の対象としてキャロルがいるからだ。

 映画版ではキャロルの周囲の人物には顔の見える登場人物(夫ハージや娘リンディ、元カノであるアビーなど)がいるが、テレーズの周囲の男たちは彼氏のリチャードも含めてほとんど個性がなくて印象に残らない。だからキャロルの抱えた問題ばかりに注意が向き、テレーズはキャロルに振り回される受身ばかりの人物に見えてしまう。
 また、原作ではテレーズの憧れであるキャロルの反対側に、ミセス・ロビチェクという人物が配置されている。ミセス・ロビチェクは百貨店で働く老婦人だが、テレーズは彼女の醜さに嫌悪感を抱く。うら若きテレーズは自分が遠い将来ミセス・ロビチェクのような女になるかもしれないということを恐れているのだ。ここで描かれるのはまだ何も知らない若い女性の将来に対する不安だ。
 そして一方では完璧な美と優雅さを兼ね備えたキャロルがいる。キャロルは憧れであり、恋の対象であり、テレーズが望むすべてなのだ。テレーズは自分の性的指向もわかっていないわけで、キャロルとの関係は大きな不安と淡い希望のなかにある。
 さらにキャロルとの関係が先に進めば、夫の指示を受けた探偵の姿が現れ、ふたりの未来に不安の影を落とすようになる。こんなふうに原作では若きテレーズのまだ見ぬ世界への不安というものが丁寧に描かれているのだ。原作『キャロル』の解説では、原作者パトリシア・ハイスミスのことを「不安の詩人」(グレアム・グリーン)と評しているが、まさにその言葉通りの小説だったと思う。
 そんな原作小説と比べると、映画版のテレーズは写真家としての将来をさほど心配していない様子だし、テレーズを演じたルーニー・マーラがあまりにかわいいからか、自分が醜い存在になるかもしれないなどとはゆめゆめ感じていないようなのだ。そんなわけでテレーズの関心はすべてがキャロルだけに向けられていて、純粋に恋愛だけにテーマを絞っているのかもしれないけれど、そうして描かれる恋愛は妙に淡白なわけで、ちょっともの足りないような印象ばかりが残った。

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Date: 2016.02.18 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (9)
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