『クリード チャンプを継ぐ男』 今年一番泣いた「ロッキー」新章
『ロッキー・ザ・ファイナル』以来9年ぶりにロッキー・バルボアが帰ってきた。さすがに今回は主役というわけではないけれど、かつてのライバル・アポロの息子のトレーナーとなって新たな物語に魂を注入する。
監督・脚本は『フルートベール駅で』のライアン・クーグラー。

ロッキーと言えば、シルベスター・スタローンの代名詞である。ファンにとっては周知のことだけれど改めて振り返ると、スタローンは『ロッキー』(1976年)の脚本を自分で書き上げ、自ら主役を張ることにこだわった。当時はほとんど無名のスタローンは何とかを低予算で作品を完成させ、最終的には観客の大評判を呼び、アカデミー賞作品賞までも獲得することになった(監督はジョン・G・アヴィルドセン)。
無名だったボクサー・ロッキーが一夜にしてアメリカン・ドリームをつかんだように、スタローン自身も映画界でのアメリカン・ドリームの体現者となったわけで、スタローンにとっては『ランボー』シリーズや『エクスペンダブルズ』シリーズ以上に『ロッキー』は重要なシリーズと言えるだろう。
『ロッキー』シリーズは1976年に始まって、2006年の第6作『ロッキー・ザ・ファイナル』まで続いた。その間30年の時間が経過しているわけで、作品のなかの登場人物も作品を追うごとに退場していくことになる。まずはトレーナーのミッキーが逝き、ライバルのアポロがリング上で死に、『ロッキー・ザ・ファイナル』では妻のエイドリアンもすでに亡き人となっていた。今回の『クリード』では、『ロッキー』シリーズで最後まで生き延びていた愛すべき厄介者ポーリーもすでに妹エイドリアンの隣の墓に納まっている。
退場していったキャラに代わり『クリード』の主役となるのは、『ロッキー』『ロッキー2』でロッキーと死闘を演じたアポロ・クリードの息子アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)だ。アドニスはアポロの遺した愛人の息子という設定。こうして古き者は去り、新しき者が登場する。作品中のミッキーのジムがリニューアルを果たしていたように、『クリード』は『ロッキー』シリーズのフォーマットを借りつつも、一部をリニューアルして物語を受け継いでいる。
有名なビル・コンティの『ロッキー』のテーマ曲やフランク・スタローン(シルベスターの弟)が歌った「Take You Back」は登場しない(あのテーマ曲は後半ちょっとだけ聴くことができる)。代わりに使用されるのはヒップホップ系の音楽だ。フィラデルフィア美術館のシーンはトレーニングのときではなくて、最後の最後に登場する。すでにロッキーはその階段を駆け上がるほどの足腰ではないからで、ロッキーは病という新たな敵とも闘うことにもなる。


個人的に『ロッキー』シリーズには思い入れがあるので、どの作品も観ても泣けてしまう。もちろんシリーズ原点である『ロッキー』が最も出来がいいのだけれど、リアルタイムで観た『ロッキー4/炎の友情』が冷戦時代の影響を受けたひどい代物だとしても、その頃はやはり夢中になってロッキーを応援したわけで、この新作『クリード』も何だかんだと興奮していたし散々泣かされることになった。
『ロッキー』が一番よかったのは、その物語がアメリカン・ドリームそのものだからだとも思うわけで、一度登りつめた男が堕ちてゆくとは言わないまでも、かつての栄光のなかで苦しみながら踏ん張るのは辛い部分もある(打ちのめされても前のめりに闘うのがロッキーらしいのかもしれないけれど)。『クリード』もアポロが遺した汚点(愛人の息子だから)を、アドニスが自らの力で払拭して夢をつかむという点でアメリカン・ドリームの物語となっているところが魅力的だった。
もちろんロッキーとは違う点もある。ロッキーとエイドリアンが野暮ったいけれど微笑ましいふたりだったのに対し、アドニスの相手ビアンカ(テッサ・トンプソン)はミュージシャンの卵だったりして結構シャレている。ロッキーがさして面白くないジョークで人見知りのエイドリアンを何とか口説いたのに対し、アドニスはほとんど一目惚れであっという間にいい関係になってしまう。野暮ったい観客としては、ロッキーとエイドリアンのふたりに比べて、アドニスとビアンカはスマートすぎて共感には欠けるかもしれない。
『クリード』のボクシングシーンは、格闘技「K-1」のときのレフェリーカメラのようにかなり接近した位置から対戦相手を捉えていて臨場感があった。ただアドニスの相手役チャンピオンの“プリティ”・リッキー・コンランはあまり強そうに見えなかった(ボクサーが演じているようなのだけれど)。“プリティ”と呼び名が付くくらいで、タトゥーを背負っていても結構かわいらしいのだ。『ロッキー』『ロッキー2』のアポロが本当に強そうだったのと比べると惜しいところだろうか。アポロの華麗なステップはボクシング映画の表現としてはとても映えるものだったと思う。
ちなみに『クリード』では、1勝1敗の対戦成績だったロッキーとアポロの三度目の対戦に関しても触れられている。これは『ロッキー3』の最後のふたりだけのスパーリングのことだ。ふたりのグラブが交わる瞬間で『ロッキー3』は終わっていた。そんな最後の対決の結果が、アポロとロッキーだけの秘密だったというのもふたりの友情を思わせてくすぐられるものがある。ロッキーが大好きな人にとっては必見の作品。


シルベスター・スタローンの作品

監督・脚本は『フルートベール駅で』のライアン・クーグラー。

ロッキーと言えば、シルベスター・スタローンの代名詞である。ファンにとっては周知のことだけれど改めて振り返ると、スタローンは『ロッキー』(1976年)の脚本を自分で書き上げ、自ら主役を張ることにこだわった。当時はほとんど無名のスタローンは何とかを低予算で作品を完成させ、最終的には観客の大評判を呼び、アカデミー賞作品賞までも獲得することになった(監督はジョン・G・アヴィルドセン)。
無名だったボクサー・ロッキーが一夜にしてアメリカン・ドリームをつかんだように、スタローン自身も映画界でのアメリカン・ドリームの体現者となったわけで、スタローンにとっては『ランボー』シリーズや『エクスペンダブルズ』シリーズ以上に『ロッキー』は重要なシリーズと言えるだろう。
『ロッキー』シリーズは1976年に始まって、2006年の第6作『ロッキー・ザ・ファイナル』まで続いた。その間30年の時間が経過しているわけで、作品のなかの登場人物も作品を追うごとに退場していくことになる。まずはトレーナーのミッキーが逝き、ライバルのアポロがリング上で死に、『ロッキー・ザ・ファイナル』では妻のエイドリアンもすでに亡き人となっていた。今回の『クリード』では、『ロッキー』シリーズで最後まで生き延びていた愛すべき厄介者ポーリーもすでに妹エイドリアンの隣の墓に納まっている。
退場していったキャラに代わり『クリード』の主役となるのは、『ロッキー』『ロッキー2』でロッキーと死闘を演じたアポロ・クリードの息子アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)だ。アドニスはアポロの遺した愛人の息子という設定。こうして古き者は去り、新しき者が登場する。作品中のミッキーのジムがリニューアルを果たしていたように、『クリード』は『ロッキー』シリーズのフォーマットを借りつつも、一部をリニューアルして物語を受け継いでいる。
有名なビル・コンティの『ロッキー』のテーマ曲やフランク・スタローン(シルベスターの弟)が歌った「Take You Back」は登場しない(あのテーマ曲は後半ちょっとだけ聴くことができる)。代わりに使用されるのはヒップホップ系の音楽だ。フィラデルフィア美術館のシーンはトレーニングのときではなくて、最後の最後に登場する。すでにロッキーはその階段を駆け上がるほどの足腰ではないからで、ロッキーは病という新たな敵とも闘うことにもなる。


個人的に『ロッキー』シリーズには思い入れがあるので、どの作品も観ても泣けてしまう。もちろんシリーズ原点である『ロッキー』が最も出来がいいのだけれど、リアルタイムで観た『ロッキー4/炎の友情』が冷戦時代の影響を受けたひどい代物だとしても、その頃はやはり夢中になってロッキーを応援したわけで、この新作『クリード』も何だかんだと興奮していたし散々泣かされることになった。
『ロッキー』が一番よかったのは、その物語がアメリカン・ドリームそのものだからだとも思うわけで、一度登りつめた男が堕ちてゆくとは言わないまでも、かつての栄光のなかで苦しみながら踏ん張るのは辛い部分もある(打ちのめされても前のめりに闘うのがロッキーらしいのかもしれないけれど)。『クリード』もアポロが遺した汚点(愛人の息子だから)を、アドニスが自らの力で払拭して夢をつかむという点でアメリカン・ドリームの物語となっているところが魅力的だった。
もちろんロッキーとは違う点もある。ロッキーとエイドリアンが野暮ったいけれど微笑ましいふたりだったのに対し、アドニスの相手ビアンカ(テッサ・トンプソン)はミュージシャンの卵だったりして結構シャレている。ロッキーがさして面白くないジョークで人見知りのエイドリアンを何とか口説いたのに対し、アドニスはほとんど一目惚れであっという間にいい関係になってしまう。野暮ったい観客としては、ロッキーとエイドリアンのふたりに比べて、アドニスとビアンカはスマートすぎて共感には欠けるかもしれない。
『クリード』のボクシングシーンは、格闘技「K-1」のときのレフェリーカメラのようにかなり接近した位置から対戦相手を捉えていて臨場感があった。ただアドニスの相手役チャンピオンの“プリティ”・リッキー・コンランはあまり強そうに見えなかった(ボクサーが演じているようなのだけれど)。“プリティ”と呼び名が付くくらいで、タトゥーを背負っていても結構かわいらしいのだ。『ロッキー』『ロッキー2』のアポロが本当に強そうだったのと比べると惜しいところだろうか。アポロの華麗なステップはボクシング映画の表現としてはとても映えるものだったと思う。
ちなみに『クリード』では、1勝1敗の対戦成績だったロッキーとアポロの三度目の対戦に関しても触れられている。これは『ロッキー3』の最後のふたりだけのスパーリングのことだ。ふたりのグラブが交わる瞬間で『ロッキー3』は終わっていた。そんな最後の対決の結果が、アポロとロッキーだけの秘密だったというのもふたりの友情を思わせてくすぐられるものがある。ロッキーが大好きな人にとっては必見の作品。
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