『マリアンヌ』 正統派でクラシカルな作品?
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ザ・ウォーク』などのロバート・ゼメキス監督の最新作。
主演にはブラット・ピットとマリオン・コティヤール。
原題は「Allied」。これは「同類の」とか「連合国側の」といった意味らしい。
邦題はこの作品のヒロインの名前だが、かつての『わが青春のマリアンヌ』
に引っ張られているのかもしれない。『わが青春のマリアンヌ』は、アルフィーの歌とか松本零士のマンガとかに影響を与えたとか言われる作品。

1942年、モロッコのカサブランカ。そこにスパイとして潜入したマックス(ブラッド・ピット)は、作戦において妻役を演じることになるマリアンヌ(マリオン・コティヤール)と落ち合う。作戦の目的はドイツ大使の殺害だ。敵陣のなかに入り込んで、ターゲットを殺すという難問にふたりは挑むことになる。
前半部でマックスとマリアンヌは作戦のために偽りの夫婦を演じる。成功率は低く、共に生きて帰れる可能性はほとんどない。ふたりは誰もが羨む美男美女で、明日には死ぬかもしれないという状況が、作戦前にふたりを結びつけることになる。
このあたりが意外と丁寧で、マリアンヌが二重スパイと疑われる後半部にも活きてくる。前半では死と賭した作戦のパートナーという大事な存在を試すための駆け引きもある。銃撃の練習では、マリアンヌはマックスが銃にかけた安全装置に戸惑ってしまう。試されたマリアンヌはその後の昼食で、わざとらしく胸元を開けてマックスの欲望の安全装置をチェックしようとする。
そうした値踏みを経てもそれぞれが優秀なスパイであることを認め合うことになり、作戦は見事に成功することになる。ただ、スパイにおいて優秀であることは人間としてはどうなのかは考えものとも言える。スパイは人を騙していくことが必須なわけで、優秀なスパイほど嘘をつくのが上手い人間ということにもなるからだ。
作戦を成功させたふたりはその高揚感のなかで本当に結婚するのだが、子供を授かり幸せな家庭を築いていた矢先に、マリアンヌがドイツ軍のスパイであるとの疑惑が浮上する。マリアンヌは元々優秀なスパイだけに、その本心を見抜くことは夫であるマックスにとっても難しく、マックスは疑心暗鬼に駆られることになる。
※ 以下、ネタバレもあり!

『マリアンヌ』は悲劇的な終わり方を迎えることになるわけで、ある意味では予想通りの展開と言えるけれど、わかっていても泣かされるものがある。それでもあとから冷静になって考えると疑問もある。マリアンヌはどこからマックスを騙していたのだろうか。
マックスの上官によれば、ドイツ大使はヒトラーによって処刑命令が出されていたとのことで、つまり殺しても問題ない人物だったということだ。つまりドイツ軍のスパイであるマリアンヌはあの作戦を成功することで、マックスに取り入ることが目標だったということになる。となればマックスは始めから騙されていたわけで、子供を殺すと脅されていたなどという話はどこまでが本当だったのかとも怪しくなってくるようにも思える。
マックスはマリアンヌの愛は本当だと考えて彼女を連れて逃げようとするわけだけれど、マリアンヌは優秀なスパイだけにどこまでが真実なのかはわからないはずなのだ。それでもこの作品を観ていると最後のブラット・ピットのわざとらしいくらいの泣き顔にも共感してしまうというのは、観客もうまく騙されているということなのかもしれない。
たとえばふたりが初めて結ばれる砂嵐のなかでの情事では、狭い車のなかで交わるふたりの姿を捉えていたカメラがいつの間にかリア・ウインドウをすり抜けて外に出ているという技巧を見せている。いかにもさりげなくやっているのだが、CGでうまくつなげているということなのだろう。さらにこの作品のブラット・ピットが妙に若いのも気になる。ブラット・ピットが若返ったということがもしかしたらあるのかもしれないが、CG技術によって補正されているとかいう噂もあるのだとか。
そんなゼメキス作品だから観客も色々と騙されているのかもしれない。細かい部分ではブラット・ピットが無敵すぎるとかツッコミどころ満載なのに、なぜかクラシカルな作品のようにも感じられてしまうのだから。


主演にはブラット・ピットとマリオン・コティヤール。
原題は「Allied」。これは「同類の」とか「連合国側の」といった意味らしい。
邦題はこの作品のヒロインの名前だが、かつての『わが青春のマリアンヌ』


1942年、モロッコのカサブランカ。そこにスパイとして潜入したマックス(ブラッド・ピット)は、作戦において妻役を演じることになるマリアンヌ(マリオン・コティヤール)と落ち合う。作戦の目的はドイツ大使の殺害だ。敵陣のなかに入り込んで、ターゲットを殺すという難問にふたりは挑むことになる。
前半部でマックスとマリアンヌは作戦のために偽りの夫婦を演じる。成功率は低く、共に生きて帰れる可能性はほとんどない。ふたりは誰もが羨む美男美女で、明日には死ぬかもしれないという状況が、作戦前にふたりを結びつけることになる。
このあたりが意外と丁寧で、マリアンヌが二重スパイと疑われる後半部にも活きてくる。前半では死と賭した作戦のパートナーという大事な存在を試すための駆け引きもある。銃撃の練習では、マリアンヌはマックスが銃にかけた安全装置に戸惑ってしまう。試されたマリアンヌはその後の昼食で、わざとらしく胸元を開けてマックスの欲望の安全装置をチェックしようとする。
そうした値踏みを経てもそれぞれが優秀なスパイであることを認め合うことになり、作戦は見事に成功することになる。ただ、スパイにおいて優秀であることは人間としてはどうなのかは考えものとも言える。スパイは人を騙していくことが必須なわけで、優秀なスパイほど嘘をつくのが上手い人間ということにもなるからだ。
作戦を成功させたふたりはその高揚感のなかで本当に結婚するのだが、子供を授かり幸せな家庭を築いていた矢先に、マリアンヌがドイツ軍のスパイであるとの疑惑が浮上する。マリアンヌは元々優秀なスパイだけに、その本心を見抜くことは夫であるマックスにとっても難しく、マックスは疑心暗鬼に駆られることになる。
※ 以下、ネタバレもあり!

『マリアンヌ』は悲劇的な終わり方を迎えることになるわけで、ある意味では予想通りの展開と言えるけれど、わかっていても泣かされるものがある。それでもあとから冷静になって考えると疑問もある。マリアンヌはどこからマックスを騙していたのだろうか。
マックスの上官によれば、ドイツ大使はヒトラーによって処刑命令が出されていたとのことで、つまり殺しても問題ない人物だったということだ。つまりドイツ軍のスパイであるマリアンヌはあの作戦を成功することで、マックスに取り入ることが目標だったということになる。となればマックスは始めから騙されていたわけで、子供を殺すと脅されていたなどという話はどこまでが本当だったのかとも怪しくなってくるようにも思える。
マックスはマリアンヌの愛は本当だと考えて彼女を連れて逃げようとするわけだけれど、マリアンヌは優秀なスパイだけにどこまでが真実なのかはわからないはずなのだ。それでもこの作品を観ていると最後のブラット・ピットのわざとらしいくらいの泣き顔にも共感してしまうというのは、観客もうまく騙されているということなのかもしれない。
たとえばふたりが初めて結ばれる砂嵐のなかでの情事では、狭い車のなかで交わるふたりの姿を捉えていたカメラがいつの間にかリア・ウインドウをすり抜けて外に出ているという技巧を見せている。いかにもさりげなくやっているのだが、CGでうまくつなげているということなのだろう。さらにこの作品のブラット・ピットが妙に若いのも気になる。ブラット・ピットが若返ったということがもしかしたらあるのかもしれないが、CG技術によって補正されているとかいう噂もあるのだとか。
そんなゼメキス作品だから観客も色々と騙されているのかもしれない。細かい部分ではブラット・ピットが無敵すぎるとかツッコミどころ満載なのに、なぜかクラシカルな作品のようにも感じられてしまうのだから。
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