『自由が丘で』 加瀬亮主演のホン・サンス映画

 ホン・サンス監督の最新作。
 昨年12月に劇場公開され、先月末ごろDVDがリリースされた。
 昨年は3本のホン・サンス作品が劇場公開された。以前に取り上げた『ソニはご機嫌ななめ』と、劇場には行きそびれた『ヘウォンの恋愛日記』、そしてこの『自由が丘で』だ。
 ちなみに『ヘウォンの恋愛日記』もすでにDVDがリリースされている。『ヘウォン』も相変わらずのホン・サンス節なのだが、同時期に公開された『ソニはご機嫌ななめ』よりも、より自由で楽しそうでもある。『ソニはご機嫌ななめ』の主演チョン・ユミよりも、『ヘウォンの恋愛日記』の主演チョン・ウンチェのほうがお気に入りだからなのかもしれない(撮り方にそんな感じが表れているような)。チョン・ウンチェは『自由が丘で』にもちょっとだけ顔を出している。

ホン・サンス 『自由が丘で』 加瀬亮主演の韓国映画。


 主人公の日本人モリ(加瀬亮)は年上の韓国人女性クォン(ソ・ヨンファ)に会いにソウルへやってくる。しかしクォンはそれを知らない。玄関にメモを残したり、家の前で待ち伏せをしたりするものの彼女は一向に現れない。クォンが好きだった「自由が丘8丁目」という喫茶店でゆっくり読書などをして時間を潰しているうちに、そこの女主人のヨンソン(ムン・ソリ)と懇意になってしまう。

 冒頭、クォンの勤める語学学校に手紙が届いている。それはモリからの手紙だった。突然の愛の告白みたいな文章にクォンはよろめいて手紙を階段に落としてしまい、その順番はデタラメになってしまう。そんな手紙を読み進めると共に物語は進んでいく。
 この作品は手紙の順番と同様に、時間も前後しつつ進行していく。たとえば、喫茶店の女主人ヨンソンと酒を飲み交わすエピソードのあとに、ふたりが仲良くなるきっかけである迷い犬のエピソードへと時間を遡ったりするわけで、観客としてはちょっと混乱する。
 ちなみにモリが読んでいるのは吉田健一『時間』というエッセイ。この本は難解で途中まで読んではみたものの理解にはほど遠いのだが、ごく簡単に要約すれば時間には現在しかないということになるらしい。未来は存在しないし、過去というものがあったと考えるのも人間の妄想に過ぎない。過去があって、現在があり、未来がやってくる。そんな直線的な時間というものは否定されているわけだ。
 そんなわけでここでは因果関係を無視して、唐突にエピソードだけが示される。エピソードには夢や妄想らしきものが交じっていたりもする。人間が夢を見ているときはそれを夢とは思わないし、妄想のなかに浸っているときも同じで、それを体験している現在においては、それは現実と変わらない質感を持つものとされているのだろう。

 ※ 以下、ネタバレあり。 ラストにも触れていますのでご注意を!

『自由が丘で』 主人公のモリ(加瀬亮)は常に『時間』の文庫本を持ち歩いている。

 この作品を観終わったときには、モリがクォンに再会するハッピーエンドかと一瞬は考えた。ラストにヨンソンとのエピソードが加えられているのは、クォンが拾い忘れた手紙に書かれた内容なのかもしれないと推測した(こっちの解釈も決して間違いではないだろう)。
 しかしDVDを観直してみるとちょっと違うように思えてくる。というのは、手紙はクォンがそれを受け取る一週間前の消印になっているからだ。一週間以上前に書かれた手紙にモリがソウルで過ごした日々が記されているわけだから、クォンが手紙を読んでいるのはモリのソウル滞在のすべてが終わったあとのことのはずなのだ。多分、モリはすでに日本に帰ってから手紙を出しているのではないだろうか。
 ホン・サンスはクォンが手紙を読む場面の間に挟み込むようにモリのエピソードをつないでいる。その流れで手紙を読んでいたクォンがモリに会いにきたと観客に思わせてしまうのだが、ソウル滞在中にモリが手紙を書くシーンもないし、愛しい人に出す手紙にほかの女(ヨンソン)と寝たという話をわざわざ書くというのもいかにも奇妙なのだ。
 クォンとモリの再会の場面は、モリの夢に過ぎないのだろう。再会したふたりがあっという間に日本に去っていき、ふたりの子供に恵まれたという結末はいかにも空々しい。しかも、そのシーンはモリが宿で目覚めるシーンへと引き継がれるわけで、ここでも再会は夢だと示されている。
 結局、この映画はクォンには会えなかったモリの別れの手紙みたいなものだったのかもしれない。だとするとモリのキャラもかなり嫌なやつにも思えてくるし、妙に明るい終わり方なのは観客を煙に巻くためなのかもしれない。やはりホン・サンスの映画は油断ならないところがあるなあと思う。

 ホン・サンス作品に特徴的な「ホン・サンス・ズーム」だが、この作品ではズームアップ(ズームイン)だけでなくズームバック(ズームアウト)も多用していて、より自由度を増している。67分の小品だけれど色々なアイディアが詰まっているし、主役は日本の加瀬亮ということもあって、ホン・サンスが初めてな人にも取っ付きやすい作品ではないだろうか。

自由が丘で [DVD]


ヘウォンの恋愛日記 [DVD]


時間 (講談社文芸文庫)


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Date: 2015.08.25 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

ホン・サンス監督 『次の朝は他人』とその他の作品/男と女と酒さえあれば

 去年「ホン・サンス/恋愛についての4つの考察」という特集で、一挙に4本が公開されたホン・サンス監督。最近、その4作品『よく知りもしないくせに』『教授とわたし、そして映画』『ハハハ』『次の朝は他人』がDVD発売となった。

 ホン・サンスの原点になった5本の映画について語っているインタビューがある。

   ロベール・ブレッソン 『田舎司祭の日記』
   カール・ドライヤー 『奇跡』
   エリッツ・フォン・シュトロハイム 『グリード』
   ジャン・ヴィゴ 『アタラント号』
   エリック・ロメール 『緑の光線』

 教科書的な名作ばかりだ。このラインナップを見ると映画の方法論に意識的な監督なんだろうなと推測される。そして、ラインナップの最後に『緑の光線』が挙げられているが、ホン・サンスの映画はエリック・ロメールの作品と比較されるようだ。男と女が登場してとりとめのない会話が繰り広げられる点ではたしかに似ている。
 この4作品も、ホン・サンスをモデルにしたような映画監督が登場し、先輩と昼から酒を飲んでいるとその先輩の知り合いの女性が現れて、その女性と一夜を共にすることに……。大まかに言えば、そんな話だ。処女作の『豚が井戸に落ちた日』では殺人が起きたりもするのだが、私が観たほかの作品もほとんど男と女が酒を飲むばかりなのだ。
 エリック・ロメールならもっとラブ・ストーリーらしいところがあるし、「六つの教訓話」シリーズなどもあるように教訓的な話としてまとめることもできるかもしれないが、ホン・サンスはもっと融通無碍な印象だ。話はラブ・ストーリーというよりlove affair(情事)を描いたものだし、倫理に反する行動があったとしてもそれを糾弾するような印象はなく、ごく普通の男と女の営みくらいにしか感じさせない。男は女を追いかけてばかりだが、女も不倫や二股に悩む様子もなくあっけらかんとしている。だからホン・サンスの映画にテーマ性など求めるとすればよくわからない映画になる。
 『よく知りもしないくせに』では、ファンに「なぜ理解不能な映画をつくるのか?」と質問されて、映画監督の主人公はこんなふうに答える。

「僕の映画にはドラマや事件はないし、教訓やメッセージもほとんどない。美しい映像もない。僕にできるのはこれだけだ。僕は頭を白紙にして過程に身をゆだねる。僕は何も発見しない。過程が僕に発見させる。僕はそれを集め1つの塊にする。その結果が理解されなくても仕方がない。」


 もちろんこれはホン・サンス自身の言葉ではない。それでもホン・サンス自身が脚本も担当しているこの主人公には自身の姿が投影されているだろう。つまり、これらはホン・サンスの映画論とも言えるのだ。こうした言葉はファンには「無責任に聞こえる」などと言われて理解されることもないのだが、主人公はさらに「すべての貴いものには代価がないと思う」と付け加える。これは映画という映像と音でできたものが、物語を伝えるための手段に堕することを否定しているのかもしれない。まあそんなことを考えなくても、これら4作品は男女のプライベートな部分をのぞき見るような楽しさがある。

ホン・サンス『次の朝は他人』 美しい横顔はキム・ボギョン

 この4本のなかで最も新しい『次の朝は他人』(2011年)は一番シンプルで、上映時間も79分と短く、モノクロだから色彩すらない。ここでは主人公の映画監督が先輩に会いに行き、たまたま空いた時間に昔の恋人と一夜を共にしておきながらも、都合よく「もう会えない」などと勝手なことをぬかしてみたり、今度は先輩に連れられたバーのママ(昔の恋人と同じ女優が演じる)ともねんごろになるものの、次の朝には適当な理由をつけて他人みたいに別れたりする。
 様々なものを削ぎ落として男女の関係があるだけなのだ。メタ的な映画に対する言及もなければ、海や山の美しい風景もなく、口説き文句もない。ゴダールは「男と女と車が1台あれば映画はできる」などと言ったらしいが、ホン・サンスにおいては「男と女と酒さえあれば映画はできる」のかもしれない。

よく知りもしないくせに [DVD]

監督自身のような主人公があちこちで罵倒されたりするのが楽しい。最後の海辺のシーンは『緑の光線』を思わせるような……。

ハハハ [DVD]

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ受賞作。『プンサンケ』に出ていたキム・ギュリも登場する。ちょっと色っぽい。

教授とわたし、そして映画 [DVD]

『トガニ』にも出ていたチョン・ユミがとてもかわいらしい。

次の朝は他人 [DVD]

ポスターの黒木瞳みたいな横顔(キム・ボギョン)が印象的なモノクロ作品。
Date: 2013.07.31 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)
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