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『運び屋』 男が惚れる男

 『ハドソン川の奇跡』『15時17分、パリ行き』などクリント・イーウトウッドの最新作。今回は『グラントリノ』以来の監督・主演作品。
 ニューヨーク・タイムズに載った実話を元にした作品とのこと。

クリント・イーウトウッド 『運び屋』 イーウトウッドにとっては『グラントリノ』以来の監督・主演作品

 アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は商売に失敗し、家も差し押さえられ困窮していたとき、軽い気持ちで「車を運転するだけ」という仕事をすることに……。知らずに始めた仕事は実はあやしげなブツを運んでいるわけだが、アールはそれに気づいてもその仕事を辞めることはなかった。
 アールはデイリリーの栽培という仕事にかまけて家庭を顧みなかった90歳。そのために一人娘の結婚式も欠席し、それ以来ずっと険悪な関係が続いている。しかしその一方で外面はとてもいい。家庭内では役立たずな分、外の世界で自分の価値を認めてもらおうと躍起になるのだ。運び屋の仕事で得た金も退役軍人の組織に寄付したりして、昔の仲間にいい格好を見せようとするあたりもアールの人柄が出ている。
 アールは戦争経験者のクソ度胸なのかアジトで銃を突きつけられても動じることがないし、棺桶に片足を突っ込んでいるという自覚からくる図太さなのか様々な窮地も乗り越えていき、組織にも受け入れられるようになっていく。そのうちに大量のブツを任されるようになり伝説的な運び屋となったアールには、警察の手も迫ってくる。麻薬捜査官のコリン・ベイツ(ブラッドリー・クーパー)は麻薬組織の内部から情報を得、伝説の運び屋を捕らえようとするのだが、まさかよぼよぼの老人が伝説の人物とは思うわけもなく、なかなかアールを逮捕することはできないでいた。

『運び屋』 アール・ストーン(クリント・イーストウッド)はデイリリーを栽培することに熱意を傾けていた。

 アールという人物は、家庭内の妻メアリー(ダイアン・ウィースト)からすれば、「最愛の人でありつつも、すべての苦痛の源でもある」ような男であり、それは娘アイリス(アリソン・イーストウッド)にとっても同様だろう。もちろんアールはそれについては反省している面もあって、実は家庭をないがしろにしているという点では共通しているベイツには、自戒の念を込めて説教らしいことを言ってみたりする。ラストでのふたりの会話の場面は泣かせる。
 イーストウッドは撮影当時87歳だったとのこと。『運び屋』での最初の登場場面ではイーストウッド扮するアールがまるで笠智衆のような歩き方で、いかにもしおれた爺さんという雰囲気を出している。しかしその後に運び屋の仕事も調子にのってくると、麻薬組織のボス(アンディ・ガルシア)の屋敷では女たちとダンスをしたりいちゃついてみたりとお盛んなところも見せる。アールと同様にイーストウッドもまだまだ現役ということらしい。
 おもしろいのは麻薬組織の人間のほうがアールのペースに巻き込まれていくところ。麻薬組織の体制は少しずつ変わっていき、友好的な関係からギスギスしたものとなっていくが、アールはほとんど態度を変えることはない(脅されつつも運転時にはいつも鼻歌交じりというのが微笑ましい)。アールのお守り役としてあてがわれた人間も、最初は彼を無理やり組織に従わせようとするのだが、次第に彼のペースに飲み込まれていくのだ。というのもアールにはそれだけの魅力があるからで、老いてもなお男が惚れるような男がアール=イーストウッドなのかもしれない。

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Date: 2019.03.12 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『世界にひとつのプレイブック』 テンポのいい、上質なスクリューボール・コメディ

 どうしても『第9地区』と比較してしまい分が悪い感の残った『エリジウム』や、光石研のいきり立つイチモツは見物かもしれないが共感する部分には欠ける『共喰い』など、映画館で新作も観たのだけれど、すでにDVDが発売され時期的に旬ではない『世界にひとつのプレイブック』が一番楽しかったので、今回は『世界にひとつのプレイブック』について。
 『ザ・ファイター』のデヴィット・O・ラッセル監督の作品。アカデミー賞では作品賞を含む8部門にノミネートされ、ジェニファー・ローレンスが主演女優賞を受賞した。

デヴィット・O・ラッセル監督 『世界にひとつのプレイブック』


 主人公のパット(ブラッドリー・クーパー)は精神病院から退院して両親の住む家に戻ってくる。パットは妻の浮気相手をこっぴどく痛めつけて病院に入れられることになったのだ。彼の病気は双極性障害、いわゆる躁うつ病だ。パットは接近禁止令を言い渡されているのにも関わらず、いまだに妻との関係を修復できるものと考えている。そんなころ同じように心の病を抱えたティファニー(ジェニファー・ローレンス)と出会うのだが……。


 「心の病を抱えた人が立ち直る物語」みたいな憂うつな作品だと勘違いして見逃していたのだけれど、いい意味で裏切られた。心の病を抱えたふたりが主人公でも、『世界にひとつのプレイブック』は陰うつになることなく前向きで楽しい映画だ。
 パットの病は躁うつ病ということになっているが、この映画のなかではほとんど躁状態のようだ。パットの突飛な行動のおかげで家のなかは混乱するのだが、そんな彼を見守る迷信深くて思い込みが激しい父親(ロバート・デ・ニーロ)の姿はどこかパットに通じるものがある。最後に父親が大きな賭けをやると言い出したときの騒動は、一体誰が精神病院から帰ってきたのかわからないような状態だし、精神病院の静けさと対比すると家と病院のどちらが狂っているのか怪しくなってくるほど。
 一方で夫を亡くした寂しさからか、会社中の人間(女も含め)と手当たり次第にヤリまくって解雇されたティファニーはどんな病気かはわからないが、かなり自暴自棄で風変わりな女性だ。この映画は、そんなふたりがけんかをしながらも次第に近づいていくラブ・ストーリーなのだ。いわゆるスクリューボール・コメディというやつだ。

『世界にひとつのプレイブック』 ダンスの練習に励むティファニー(ジェニファー・ローレンス)とパット(ブラッドリー・クーパー)

 描かれていることはごく日常的な人間模様だが、テンポよく話が展開していく。話題もころころと変わっていくし、けんかが始まればそれが煮詰まらないうちに電話や来客によって邪魔が入り、次の展開へと移っていく。とにかくテンポがよくて飽きさせない。
 音楽の使い方も気が効いている。パットはある曲(スティービー・ワンダーの「My Cherie Amour」)を聴くと、妻の浮気の場面が甦り我を失って暴れ出すのだが、ほかの場面でも音楽が効果的に使われている。ティファニーを送っていったパットが、ティファニーのひとり相撲みたいな行動に振り回され、最後にはわけもわからぬままにビンタを喰らうのだが、その突然の彼女の心変わり瞬間にレッド・ツェッペリンの「What Is And What Should Never Be」が流れ出すあたりがとてもはまっている。(*1)

 クライマックスではやや強引にふたりがダンスをすることになる。ふたりのダンスが特段見せ場になるということもないのだが、『雨に唄えば』が引用されているように、父親の賭けの対象でもあるダンスコンテストでは『雨に唄えば』みたいなステップとか、『パルプ・フィクション』的な振り付けとか、『ダーティ・ダンシング』的な大技を繰り出そうとして失敗してみたりというパロディも楽しい。
 「excelsior(より高く)」という言葉が、パットが精神病院で学んだモットーだった。ふたりとも病気にもめげずに常に前向きで、ふたりのためオリジナルのプレイブック(作戦図)を見いだしていく姿に元気付けられる。(*2)
 実はデヴィット・O・ラッセル監督の作品は『世界にひとつのプレイブック』が初めてだったのだが、ほかの作品も観なきゃならないと思わせるような素晴らしい出来だった。

(*1) 町山智浩曰く、この歌は、「僕が何処にでも行こう、って言ったら、君はついて来てくれるね!君はオレのもんだから!!」という歌詞だとか。このあとパットは妻のことを思い出して、結婚式のビデオがなくなったと大騒ぎをすることになる(こちらのサイトから引用させていただきました)。

(*2) “プレイブック”とはアメフトの用語で、フォーメーションが収録してある本のことを言うのだとか。原題は「Silver Linings Playbook」で、「Silver Linings」とは逆境にあっての希望の光のこと。


世界にひとつのプレイブック DVDコレクターズ・エディション(2枚組)


デヴィット・O・ラッセル監督のその他の作品
Date: 2013.09.26 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)
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