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『サンセット』 手法にこだわりすぎ?

 『サウルの息子』(アカデミー賞外国語映画賞)のネメシュ・ラースロー監督の長編第2作目。

ネメシュ・ラースロー 『サンセット』 イリス(ヤカブ・ユーリ)はブダペストの街の帽子店に現れる。


 舞台は1913年のブダペスト。高級帽子店に現れたイリス(ヤカブ・ユーリ)は、その店の創業者の娘だった。現オーナーであるブリル(ヴラド・イヴァノフ)は、「両親が遺した店で働くのが夢だった」と語るイリスを適当な理由を付けて厄介払いしようとするのだが……。

 ブリルがイリスのことを不審に思っているのは、彼女の兄のことがあるかららしい。イリスの兄カルマンはかつてその店で働いていたのだが、伯爵殺しという大事件を起こしていた。ブリスが警戒するのはイリスがカルマンのようなトラブルを持ち込むんじゃないかということだったのだ。
 しかし追い払われたイリスはそれにめげることもなく、いつの間にか帽子店に雇われることになり、さらにそれまでは知ることもなかった兄のことを探るようになっていく。

◆独特な撮影手法
 本作は手法としては前作『サウルの息子』と同様のものを引き継いでいる。主人公イリスの視点となるカメラは、彼女に密着して移動していくことになるのだが、その被写界深度は極端に浅く彼女以外の周囲はぼんやりとした状態になっている。
 『サウルの息子』の場合は、こうした手法は物語上理に適っている部分があったようにも思えた。というのも主人公サウルはアウシュヴィッツに収容されたユダヤ人であり、同胞たちの死体処理係として働かされているからだ。そこでは衣服を剥ぎ取られたユダヤ人たちが次々殺されていく。そんな非現実的な状況では、なるべく感覚を遮断して悲惨な状況を見ないようにしようとする対処法が、サウルにとって生き残る術となっていたとしてもおかしくはないだろう。
 それに対して『サンセット』では、イリスが担うことになるのは探偵役とも言える。ほとんど初めてとも言えるブダペストの街をあちこち徘徊し、兄に関する情報を集めていく。彼女はブリルに追い払われても諦めないし、勝手にあちこちの施設に入り込んでは聞き込みを行っていく。
 探偵役として情報を収集するはずのイリスの視点がぼやけているというのでは、それを追う観客も途方に暮れるということになるんじゃないだろうか。一応『サウルの息子』のときのスタンダードサイズとは異なり、本作ではアメリカンビスタ(1.85:1)となっていて、余白が大きいためにそこに映し出されるものも多いはずなのだが、周囲はピントがあっていないわけでそれほど印象は変わらなかった。
 ネメシュ・ラースロー監督によると、この手法は主観的なものを狙っているとのこと。われわれは神の視点のように世界を把握したりはしないということらしい。とはいえ、われわれの目は常にぼんやりとしか物を見ていないわけではないわけで、この状態を主観的というのはどうなのかとも感じられた。カメラはほとんどイリスの顔だけに焦点を当てていて、イリスが相対する人物くらいまでしかピントが合わない状態になっている。だからほとんどがイリスの後頭部ばかりが追うことになり、周囲の状況を見ようとしてもぼんやりとしているということになり、ストレスが溜まる作品となっているのだ。

『サンセット』 ブリル(ヴラド・イヴァノフ)はイリスを追い払おうとするのだが……。

◆イリスが追っていたものは?
 物語はイリスが拙いながらも兄カルマンを探していくうちに、カルマンの仲間が画策している様々な事件を目撃することになる。実は帽子店では王侯貴族に対する接待なのか、店の女の子たちを差し出しているという秘密があるらしい。そうした闇の関係性に反抗しているグループがカルマンたちらしい。そして帽子店は彼らによって襲撃されることになっていくのだが、そうした騒動が実はオーストリア=ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公殺害という事件に結びつくということらしい。つまりは第一次世界大戦につながるブダペストの状況を描いているということなのだ。
 ただ、これはとてもわかりにくい。本作の最後で第一次世界大戦の塹壕が出てくるから何となくそれを理解する人もいるのかもしれないのだが、帽子店のいざこざを第一次世界大戦のきっかけとまで結びつけるには、それなりの知識が必要とされるだろう。前作のアウシュビッツならばある程度は知っていても、100年以上前のヨーロッパの複雑な事情が前提とされるとなるとなかなか難しいところがある作品であるとは言えるかもしれない。

◆なぜ“サンセット”なのか?
 本作のタイトルはヨーロッパの没落というイメージでもあるのだが、それに加えてF・W・ムルナウ『サンライズ』を意識しているとのこと。ムルナウは『サンライズ』でひとつの街をセットで作り上げたらしく、『サンセット』もブダペストの街をすべて作り上げたとのこと(この記事を参照)。
 『サンライズ』では路面電車が街を移動していく場面がとても素晴らしいのだが、その車窓を流れていく風景がとてもセットとは思えないほどよく出来ていた。しかし『サンセット』では、せっかくブダペストの街を作り上げたのにその全体を捉える視点がないし、街の風景は視野の周囲でぼんやりとしか見えないためにとてももったいないことになっているようにも思えた。やはり手法は作品ごとに選ぶべきなんじゃないだろうか。

 傑作として名高い『サンライズ』だが、実は今回初めて観た。サイレントというだけで敬遠しがちなのだが、『サンライズ』はとても楽しい作品だった。ソフトはかなり高価だが、パブリックドメインとなっているためにYou tubeなどでも観ることができる。『サンセット』は結構な苦行だが、『サンライズ』は傑作の名にふさわしい感動的な作品だから一度は観てみてもいいんじゃないかと思う。

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Date: 2019.03.17 Category: 外国映画 Comments (4) Trackbacks (0)

『サウルの息子』 見たくないものを見ようとすると……

 カンヌ映画祭でグランプリを受賞した作品。
 監督・脚本はハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー


 舞台はアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。ユダヤ人を効率よく殺すための工場としてあったその収容所では、ゾンダーコマンドと呼ばれるユダヤ人が死体処理の仕事をしていた。ハンガリー系ユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)はゾンダーコマンドとしての仕事に従事しているのだが、ガス室からかろうじて生還した少年を見付ける。その少年はすぐに死んでしまうのだが、サウルは少年の遺体を葬るために奔走することになる。

ネメシュ・ラースロー 『サウルの息子』 サウル(ルーリグ・ゲーザ)にだけ焦点が当たり、周囲はかなりぼやけている。

 この作品ではカメラはサウルから離れることはない。この手法はダルデンヌ兄弟のそれを思わせなくもないのだが、『サウルの息子』ではスクリーンに映るのはサウルの顔ばかりで周囲はひどくぼやけている。被写界深度の極端に浅いカメラを使っているようで、中心にいるサウル以外には焦点が合っていないのだ。
 しかも画面サイズはスタンダード(1.33:1)だから、中心にサウルの顔がクローズアップで映ると余白はとても狭くなる。しかし、その限られた余白に映し出されるものが衝撃的だ。ガス室で殺されたユダヤ人はゾンダーコマンドに床を引きずられて運ばれていく。ここでは死体は“部品”と呼ばれ、物として扱われるのだ。そして、焼却炉へと移動させるために部品(=死体)は山のように積み上げられる。余白にぼんやりと映し出されるのはそうした目を覆うような出来事だ。

 なぜこんな手法が選択されなければならなかったのかと言えば、サウル自身の視野もそうした状態にあるということだろう。極端に見たくないものがあれば人間は感覚を遮断するのだ。ゾンダーコマンドとして働くことになったサウルは、同胞であるユダヤ人をガス室へ送り、死体を焼却して残った灰を川へと捨てる。普通の感覚でそんなことができるわけがないのだ。
 『アウシュヴィッツの残りのもの―アルシーヴと証人』という本では、“生きる屍”となってしまったユダヤ人のことが書かれている。ユダヤ人はただちに殺される場合もあれば、そこで働かされる場合もあり、そのなかの一部の人は“生きる屍”と化していた。人間には耐えなければならないこともあるわけだけれど、耐え抜いて収容所を生きることは人間性すら失わせるような場合もあるということだ。
 その本のなかのゾンダーコマンドの生き残りの証言によれば、その仕事は死体から金歯を抜き取り、女性の髪を切り取り、死体の開口部に貴重品を隠していないかまで調べあげたのだという……。そんな仕事だから「この作業をやると、一日目に気が狂うか、さもなければそれに慣れるか」だったと言う。この場合の「慣れる」というのは、それが普通のことになるという意味ではないわけで、慣れた人はどこか人としての感覚を遮断しているのだ。そうしなければ生きていけなかったからだ。この作品でサウルとともに観客が体験することになる過酷な環境も、その刺激を低減させるぼんやりとしたものとなっていて、それはサウルの感覚を意識しているのだろうと思う。

 サウルは少年を息子だと言うのだが、その証拠はない。ただ少年を手厚く葬ることに執着する。周囲のゾンダーコマンドたちはナチスへの武装蜂起にわずかな希望を見出しているわけだが、サウルの場合のアウシュヴィッツへの適応の仕方が違う。サウルはゾンダーコマンドとして生きることで失ってしまった人間性を、少年をユダヤ人らしく葬ることで取り戻そうとしているのだ。
 とにかく衝撃的な作品だった。ガス室のなかから聞こえる悲鳴とも言えないような壮絶な音は、作品タイトルが出る瞬間に消えるのだが、その静寂が痛いほどだった。一方でサウルの視覚はその刺激を遮断している。それでも映画館の観客としては余白に何が映し出されるのかを探ろうとする。そこでは見ようとするものが見えないという状態が延々と続いていくわけで、意識が朦朧としてくるような瞬間も……。

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Date: 2016.01.30 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (7)
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