『マネー・ショート 華麗なる大逆転』 マーク・トウェインの警句が沁みる
リーマン・ショックと呼ばれる世界的金融危機を察知した人たちの実話に基づく物語。
監督は『俺たちニュースキャスター』などのアダム・マッケイ。
アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演男優賞(クリスチャン・ベール)、編集賞、脚色賞にノミネートされ、脚色賞(チャールズ・ランドルフとアダム・マッケイ)を獲得した。
原作はマイケル・ルイスのノンフィクション『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』で、映画の原題は「The Big Short」。
公式ホームページによれば、「株や債券が将来値上がりすると予測し、値上がりする前に買うことをロング。所有している株や債券の価値が下がると予測したら、価格が高いうちに売ってしまうことをショート」と言うらしい(だから邦題はちょっと変)。そのほかにも金融用語が頻出するから、「モーゲージ債」「CDO」「CDS」などのキーワードは知っていたほうがいいかもしれない。私はまったく知らなかったけれど、門外漢でも何となくわかるような解説もあって物語がわからないということはないとは思う。

『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』ではリーマン・ショック後の世界が描かれていたが、この『マネー・ショート 華麗なる大逆転』はそのバブル経済崩壊を予測していたごく一部の人たちの物語だ。なぜか邦題では「華麗なる大逆転」と謳っていて、ダン・エイクロイドとエディ・マーフィーが共演した『大逆転』みたいな爽快な結末を想像してしまうのだが、これはミスリード。そう言えばダン・エイクロイドとエディ・マーフィーはサタデー・ナイト・ライブ出身だったが、この作品の監督アダム・マッケイも同じくサタデー・ナイト・ライブ出身で笑える部分も多いのだけれど、躁病的な騒ぎのあとに鬱になる感じなのがミソかと思う。アカデミー賞でもそのあたりが評価されたのかもしれない。
ちなみに登場人物たちは結託してウォール街を騙すわけではない。それぞれが独自に平行して動いているだけだ。マイケル(クリスチャン・ベール)が最初にバブル経済崩壊の兆しに気づいて動き出し、ハイエナのように聡い銀行家ジャレド(ライアン・ゴズリング)がその情報をヘッジファンドのマーク(スティーヴ・カレル)に調べさせ、これも偶然にジャレドの情報を知った若者ふたりが伝説の銀行家ベン(ブラッド・ピット)を助け舟にして絡んでくる。それぞれが主役と言える群像劇となっている。
※ 以下、ネタバレもあり!


住宅ローン市場は誰もが安全で問題ないと考えているなかで、その崩壊を予測した4人はそれをチャンスに変える。アメリカ経済崩壊に賭けた彼らは、あとはそれがやってくるのを待つだけになる。前半はバブル経済の浮かれ具合を示すように細かいカットをあわただしくつなぎ、流れてくる音楽もテンションが上がるようなものが多い(Led Zeppelin、Guns N' Roses、Nirvanaなど、ちょっと毛色は違うけど徳永英明も)。いよいよ崩壊の序曲が始まり、これから大逆転となるべきところではNeil Youngの「Rockin' In The Free World」のイントロが軽快に流れてくるのだが、Neil Youngが歌い出すとすぐに中断されてしまう。(*1)大逆転のつもりが予想通りにはいかないからだ。
怒れるマークが金融業界のお偉いさんと対談したあたりでは、すでにバブル崩壊は見えていたわけで、それが予想通りにならないのはシステムを守ろうと誰かが弥縫策を講じていたということなのだろう。そもそもの始まりにおいて、アメリカ経済そのものをぶち壊して稼ごうと考えていた誰かがいるわけではないはずだ。「誰もが心の奥底では世の終末の到来を待ち受けている」というのは村上春樹の文学世界ではあるのかもしれないが、現実の一般大衆やウォール街も当然崩壊を望んではいない。
「やっかいなのは何も知らないことではない。実際は知らないのに知っていると思いこむことだ」というマーク・トウェインの警句のように、経済を知ったつもりになって住宅ローン市場は安全という神話を疑うこともなかったような連中がバブルを生み出してしまったのだろうとも思うのだけれど、映画内の金融用語の解説を見ただけでわかったようなつもりになってしまうわれわれ観客も似たようなものなのかもしれない。
マーゴット・ロビーやセレーナ・ゴメスがゲストで登場して、サブプライムローンはクソであり、CDOは腐った食材と新鮮な食材と合わせてシチューにしたものであると言われると、煙に巻かれたように感じつつも笑いながらわかったつもりになってしまうのだから。
もともとシステムを信用していなかったジャレドだけは素直に巨額のボーナスを喜んでいるわけだけれど、マイケルにしてもマークにしても儲けてもむなしさばかりが残る。というのもベンが指摘するように、彼らの勝ちの裏にはアメリカの負けがあるということだからだ。
ウォール街の連中は失敗したのかもしれないし、その痛手は一般大衆に回されるわけで怒りも感じなくはないのだけれど、かといって金融業界に悪意があったというわけでもないのだろうし、勝ち負けと言っても敵の姿がよく見えないだけに釈然としないし憂鬱な気分にもなる。とはいえシステムの信用せずにハイエナのように生きるのは誰にでもできることではないわけで、ジャレドはそんな稀な人物だから事態を客観的に分析し、この映画の語り部らしく観客に語りかけてきたりしていたのだろう。
(*1) この曲は「低所得者層がまともに生きていけなくなってきているという80年代末のアメリカの社会状況を歌った曲」だそうで、経済崩壊への兆しが見えたところでこの曲が流れるのは意味的にも合っているのだが、その曲が出鼻を挫かれて中断するのは4人の予想が外れた感じもうまく出していたと思う。



監督は『俺たちニュースキャスター』などのアダム・マッケイ。
アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演男優賞(クリスチャン・ベール)、編集賞、脚色賞にノミネートされ、脚色賞(チャールズ・ランドルフとアダム・マッケイ)を獲得した。
原作はマイケル・ルイスのノンフィクション『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』で、映画の原題は「The Big Short」。
公式ホームページによれば、「株や債券が将来値上がりすると予測し、値上がりする前に買うことをロング。所有している株や債券の価値が下がると予測したら、価格が高いうちに売ってしまうことをショート」と言うらしい(だから邦題はちょっと変)。そのほかにも金融用語が頻出するから、「モーゲージ債」「CDO」「CDS」などのキーワードは知っていたほうがいいかもしれない。私はまったく知らなかったけれど、門外漢でも何となくわかるような解説もあって物語がわからないということはないとは思う。

『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』ではリーマン・ショック後の世界が描かれていたが、この『マネー・ショート 華麗なる大逆転』はそのバブル経済崩壊を予測していたごく一部の人たちの物語だ。なぜか邦題では「華麗なる大逆転」と謳っていて、ダン・エイクロイドとエディ・マーフィーが共演した『大逆転』みたいな爽快な結末を想像してしまうのだが、これはミスリード。そう言えばダン・エイクロイドとエディ・マーフィーはサタデー・ナイト・ライブ出身だったが、この作品の監督アダム・マッケイも同じくサタデー・ナイト・ライブ出身で笑える部分も多いのだけれど、躁病的な騒ぎのあとに鬱になる感じなのがミソかと思う。アカデミー賞でもそのあたりが評価されたのかもしれない。
ちなみに登場人物たちは結託してウォール街を騙すわけではない。それぞれが独自に平行して動いているだけだ。マイケル(クリスチャン・ベール)が最初にバブル経済崩壊の兆しに気づいて動き出し、ハイエナのように聡い銀行家ジャレド(ライアン・ゴズリング)がその情報をヘッジファンドのマーク(スティーヴ・カレル)に調べさせ、これも偶然にジャレドの情報を知った若者ふたりが伝説の銀行家ベン(ブラッド・ピット)を助け舟にして絡んでくる。それぞれが主役と言える群像劇となっている。
※ 以下、ネタバレもあり!


住宅ローン市場は誰もが安全で問題ないと考えているなかで、その崩壊を予測した4人はそれをチャンスに変える。アメリカ経済崩壊に賭けた彼らは、あとはそれがやってくるのを待つだけになる。前半はバブル経済の浮かれ具合を示すように細かいカットをあわただしくつなぎ、流れてくる音楽もテンションが上がるようなものが多い(Led Zeppelin、Guns N' Roses、Nirvanaなど、ちょっと毛色は違うけど徳永英明も)。いよいよ崩壊の序曲が始まり、これから大逆転となるべきところではNeil Youngの「Rockin' In The Free World」のイントロが軽快に流れてくるのだが、Neil Youngが歌い出すとすぐに中断されてしまう。(*1)大逆転のつもりが予想通りにはいかないからだ。
怒れるマークが金融業界のお偉いさんと対談したあたりでは、すでにバブル崩壊は見えていたわけで、それが予想通りにならないのはシステムを守ろうと誰かが弥縫策を講じていたということなのだろう。そもそもの始まりにおいて、アメリカ経済そのものをぶち壊して稼ごうと考えていた誰かがいるわけではないはずだ。「誰もが心の奥底では世の終末の到来を待ち受けている」というのは村上春樹の文学世界ではあるのかもしれないが、現実の一般大衆やウォール街も当然崩壊を望んではいない。
「やっかいなのは何も知らないことではない。実際は知らないのに知っていると思いこむことだ」というマーク・トウェインの警句のように、経済を知ったつもりになって住宅ローン市場は安全という神話を疑うこともなかったような連中がバブルを生み出してしまったのだろうとも思うのだけれど、映画内の金融用語の解説を見ただけでわかったようなつもりになってしまうわれわれ観客も似たようなものなのかもしれない。
マーゴット・ロビーやセレーナ・ゴメスがゲストで登場して、サブプライムローンはクソであり、CDOは腐った食材と新鮮な食材と合わせてシチューにしたものであると言われると、煙に巻かれたように感じつつも笑いながらわかったつもりになってしまうのだから。
もともとシステムを信用していなかったジャレドだけは素直に巨額のボーナスを喜んでいるわけだけれど、マイケルにしてもマークにしても儲けてもむなしさばかりが残る。というのもベンが指摘するように、彼らの勝ちの裏にはアメリカの負けがあるということだからだ。
ウォール街の連中は失敗したのかもしれないし、その痛手は一般大衆に回されるわけで怒りも感じなくはないのだけれど、かといって金融業界に悪意があったというわけでもないのだろうし、勝ち負けと言っても敵の姿がよく見えないだけに釈然としないし憂鬱な気分にもなる。とはいえシステムの信用せずにハイエナのように生きるのは誰にでもできることではないわけで、ジャレドはそんな稀な人物だから事態を客観的に分析し、この映画の語り部らしく観客に語りかけてきたりしていたのだろう。
(*1) この曲は「低所得者層がまともに生きていけなくなってきているという80年代末のアメリカの社会状況を歌った曲」だそうで、経済崩壊への兆しが見えたところでこの曲が流れるのは意味的にも合っているのだが、その曲が出鼻を挫かれて中断するのは4人の予想が外れた感じもうまく出していたと思う。
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