『真夜中のゆりかご』 善人がなぜ苦しまなければならないのか?

 デンマークの監督スサンネ・ビアと脚本アナス・トーマス・イェンセンのコンビによる最新作。
 このコンビは『未来を生きる君たちへ』ではアカデミー賞の外国語映画賞を獲得しているし、『ある愛の風景』も評価が高く、ハリウッドで『マイ・ブラザー』としてリメイクされている。
 出演はニコライ・コスター=ワルドー、マリア・ボネヴィー、リッケ・メイ・アンデルセンなど。スサンネ・ビア作品の常連ウルリッヒ・トムセンやニコライ・リー・コスも出ている。

スサンネ・ビア 『真夜中のゆりかご』 主役ニコライ・コスター=ワルドー以下の出演陣もとても個性的でよかった。

 刑事のアンドレアス(ニコライ・コスター=ワルドー)には愛する妻と幼い息子がいて、湖畔のたたずむ家で幸せな生活を送っている。他方で麻薬中毒者のカップルの家では、彼らの幼い息子ソーフスが汚物にまみれたまま泣き喚いている。刑事のアンドレアスは同僚とともに麻薬中毒者の家に踏み込んで、ソーフスの悲惨な姿を目の当たりにする。この状態が続けばソーフスがどうなるかは明らかだが、法が足かせとなって麻薬中毒の親から子供を取り上げることもできない。
 そんなとき偶然生じるのがアンドレアスの息子の突然死だ。なぜ善良な刑事であるアンドレアスが子供を奪われなければならないのか。アンドレアスはここで決断をする。麻薬中毒のクズが彼らの子供をネグレクトで殺してしまうくらいなら、すでに亡くなってしまった息子を彼らの息子ソーフスと取り替えてしまおうと……。

 ビア&イェンセンのコンビがつくる作品は、観客にも考えさせるような状況設定が用意されている。たとえば『ある愛の風景』では、戦場で死んだとされていた夫がある日突然戻ってきたらという状況を描いている。未亡人としての新生活もスタートしていたところへ、戦争によるPTSDで人格も変わったような夫が帰ってきたら、それまでと同じように夫を愛することができるのか?
 『真夜中のゆりかご』にも、そうした状況設定がある。アンドレアスが投げ込まれた状況には、「虐待されている子供を放っておいていいのか?」「善人である自分がなぜ苦しまなければならないのか?」といった問題が盛り込まれている。
 アンドレアスは自分の行動が間違ったことだと理解している。それでも息子の死に取り乱した妻アナを救う必要があったし、酷い環境で暮らしているソーフスを助けることにもなると、自らの行動を正当化することになる。
 それでも行動をしてしまったあとには、後悔が襲う瞬間もある。ソーフスを連れて自宅に帰る途中では様々な葛藤が頭を巡り、危うく対向車とぶつかりそうになる。その時、アンドレアスが表した怒りは何に向けられていたのか? 幼い子供を突然奪われたことか。刑事なのに犯罪に手を染めたことか。ぼんやりして助けようとしたソーフスともども死にそうになったことか。アンドレアスと妻のアナはどのように自分たちの犯した罪と折り合いをつけて生きていくのか。

 ※ 以下、ネタバレあり! 結末についても触れていますのでご注意ください。


『真夜中のゆりかご』 夜中の乳母車は不気味な雰囲気がある。


 この作品を観ながら、上記のような展開を勝手に予想していた。『ある愛の風景』は主人公が投げ込まれた状況のなかで葛藤する話だったし、『未来を生きる君たちへ』(原題は「復讐」)でも暴力を振るうような人間との折り合いのつけ方を巡って、善良な主人公たちが葛藤する様子が描かれていたからだ。一方でこの作品は違った方向へと進んだような気もする。
 最初からアンドレアスの妻アナ(マリア・ボネヴィー)の取り乱し方は異常だった。それでもアンドレアスに重大な決断を迫り、状況設定を整えるため、アナの狂気が必要なのだろうと私は考えていた。しかし、アナはアンドレアスを見捨てて自殺してしまう。アンドレアスは妻のためもあって犯罪に手を染めたわけだが、一緒に秘密を守っていくはずのアナはそこから逃げ出してしまうのだ。

 もしかすると、この段階でも妻のアナを疑わない観客というのは、夫のアンドレアスと同様にお人好しなのかもしれない。私はまったく疑わず、アナが死んだのは鬱的な性質のせいだとばかり思っていた。しかし、アンドレアスとアナの息子の遺体が発見されたあとで、それが間違いだったことがわかる。
 アナは育児ストレスによる虐待で息子を殺してしまっていたのだ。アナの狂気は虐待の事実を隠すためのものだったわけで、夫の驚きぶりも凄まじかったけれど、私も驚いた。そうとなると最初の問題設定からして違ってくることになるわけで、ビア&イェンセンの作品としてはちょっと意外にも感じられた。「善人がなぜ苦しまなければならないのか?」という最初の問題設定は間違いだったわけだ。虐待の結果として息子が死んだわけで、苦難が与えられても当然とも言えるのだから。(*1)
 ただ、妻のアナが楽しんで幼児虐待をしていたわけではないはずで、アナの悩みにまったく気づいていなかったアンドレアスはお人好しというかマヌケということにもなる。だから衝撃の事実が発覚したあとで彼が窓ガラスをぶち破るのは、妻に対する怒りというよりは自らに対する怒りだったのだろうか。

 この映画を人間ドラマではなく、驚愕の事実が発覚するミステリーとして見ると、事件に粗がありすぎる気もする(主人公に葛藤を迫るための状況設定ならば別だが)。アンドレアスが間違って本当の息子の名前を口走ってボロを出したり、同僚が真実にたどり着くところも妙にあっけないのだ。
 最後に成長したソーフスの姿を見せたのは、「虐待されている子供を放っておいていいのか?」という問題に一応の答えを出したということだろう。その点では安堵させられもしたものの、全体としては暗澹たる気持ちになる作品だった。
 冒頭から湖面の暗い色が繰り返しインサートされていて、不穏な雰囲気を醸し出している。だからアナが突然自殺しても納得させる部分がある。それにしても乳児が寝付かないからといって車で出かけたり(車の揺れで寝付くらしい)、乳母車で夜中に散歩に繰り出したりするものだろうか。北欧では一般的なのかは知らないけれど、その辺も夫婦の距離感を示していたのかもしれない。
 アナの背景に詳しい説明はないが、自殺後に登場するアナの両親はどこか冷たい。夫のアンドレアスを責めることもなく、アナの棺桶の相談を始めるのだから……。ごく個人的に嬉しかったのは、ここでアナの母親を演じていたのがエヴァ・フレーリングだったこと。エヴァ・フレーリング『ファニーとアレクサンデル』で葬儀の夜にひとり慟哭していたエミリーを演じていた人。ほんとにちょっとだけしか映らないけれど……。

(*1) 現実には善人が報われるとは限らないわけで、だからこそ「善人がなぜ苦しまなければならないのか?」という問いも生じるわけだけれど、これだと単に自業自得みたいになってしまう。

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Date: 2015.05.17 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (5)
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