『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』 暗い時と輝かしい時

 『つぐない』『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』などのジョー・ライトの最新作。
 原題は「Darkest Hour」
 アカデミー賞ではゲイリー・オールドマンが主演男優賞を、辻一弘がメイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得した。

ジョー・ライト 『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』 メイクのおかげもあってゲイリー・オールドマンはふくよかなチャーチルになりきっている。

 この作品で描かれているのはイギリスの首相を務めたウィンストン・チャーチルの伝記的事実ということになるわけだけれど、50年以上も政治家として活動し、後年にはノーベル文学賞まで受賞したという人物の伝記としては、ごくごく限られた時期の話となっている。
 映画は1940年5月9日から始まり、6月4日までの約1カ月で終わる。これは前首相のチェンバレンが辞任した日から始まり、『ダンケルク』でその現場が詳細に描かれた「ダイナモ作戦」を命じ、ドイツに対して徹底抗戦を宣言したときまでである。
 原題が「Darkest Hour」とされているのは、イギリスにとってこの時期が「最も暗い時」だったということだろう。その間、首相であるチャーチル(ゲイリー・オールドマン)は自らの決断に悩み、エレベーターやトイレの場面のように暗闇のなかに独り佇み、イギリスとヨーロッパの行く末を案じることになる。アメリカの援助を得ることもできず、万策尽きたかのように暗闇に沈むチャーチルにとっても、その時間が「Darkest Hour」だと考える瞬間すらあったのかもしれない。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』 光と影のコントラストが印象的な撮影はブリュノ・デルボネル。

 それでも最終的にチャーチルは、国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン)の信頼を勝ち得、議会での演説で沸き立つような賛同を得ることになる。チャーチルの長い政治生活は順風満帆ではなかったようで、ガリポリの戦いのような失策もあったようだ。そんなチャーチルが首相となり、議会で熱狂の渦のなかにいたというのは、この時代が“非常時”だったからだ。
 “平時”に求められるのは、前首相チェンバレン(ロナルド・ピックアップ)や次期首相と期待されていたハリファックス子爵(スティーブン・ディレイン)などの穏健派なのだろう。閣議での議論を聞いていても、チャーチルの主戦論は危なっかしいものにも聞こえる。ヒトラーとの和平交渉には絶対に応じないという強硬姿勢だからだ。それでもヒトラーのような危険な独裁者に対抗するには、「毒をもって毒を制す」的にチャーチルという型破りな政治家が必要とされたということなのだろう。イギリスが「Darkest Hour」にあったからこそ、チャーチルは政治家人生の華々しい舞台に立つことができたということだ(チャーチルのような人が活躍しないような世界のほうが望ましいのかもしれないけれど、いなくても困るのだろう)。
 権力の座にあって孤独だった男が地下鉄で市民の声を聞き、それらにも勇気付けられてドイツへの徹底抗戦へとなだれ込んでいくラストの熱狂は感動的ですらある。この地下鉄のエピソードはフィクションらしいのだけれど、この時期にチャーチルが大衆から支持されていたのも確かなのだろう。しかし同時にヒトラーだって大衆から後押しされていたわけで、チャーチルが偉大な指導者として崇められるのはあくまでもイギリスが勝った側に収まったからということでもある。このあたりは負けた側の国に生まれた観客としては何となく複雑な気持ちにもなる。

 先に『ダンケルク』でその戦場を体験していたこともあって、それを指令する側の会議室での攻防も、より興味を持って見ることができた。実はジョー・ライトの監督した『つぐない』で描かれていたのも同じ戦争だったらしいのだけれど、そのときはダンケルクでの撤退戦の重要性を知らなかった。
 そう言えば、前回取り上げた『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『大統領の陰謀』へとつながる話だったりして、歴史に疎い私としては、今になって20世紀の歴史的な事実を映画で学ぶことも多い。もちろんこれらはフィクションがかなり混じっているとは思うのだけれど、観客に歴史に対する興味を抱かせるには十分だろう。
 ゲイリー・オールドマン演じるチャーチルはときにはお茶目なところもあって、愛すべき人物にも見える。そんなチャーチルがノーベル文学賞を受賞したという回顧録『第二次世界大戦』も読んでみたくなった。

第二次世界大戦〈1〉 (河出文庫)


第二次世界大戦〈2〉 (河出文庫)


第二次世界大戦〈3〉 (河出文庫)


第二次世界大戦〈4〉 (河出文庫)



ジョー・ライトの作品
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Date: 2018.04.09 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』 飛び方を知らないピーター・パン

 ディズニーのアニメ作品などでも有名なピーター・パンの物語の始まりを独自の解釈で描いた作品。スピルバーグ『フック』は飛び方を忘れたピーター・パンだったけれど、この作品はまだ飛び方を知らないピーター・パンということになる。

 監督は『つぐない』などのジョー・ライト。脚本はジェイソン・フュークス
 出演陣は主役級以外でもなかなか豪華。冒頭にちょっとだけ登場するピーターの母親は『パパが遺した物語』アマンダ・セイフライドだし、人魚役では『天使が消えた街』カーラ・デルヴィーニュも登場している。

ジョー・ライト 『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』 空飛ぶ海賊船はネバーランドへ。

 舞台はロンドンの孤児院。時代は戦闘機が夜な夜な爆弾を落としていったころ。ピーター(リーヴァイ・ミラー)は仲間の孤児たちが日に日に消えていくのをあやしがっていた。その証拠を探ろうと夜中に見張っていると、天井から何かが降りてきて一瞬にして寝ている子供をさらって消える。
 そこから物語は一気に別世界へと誘われることになる。戦闘機が飛び回るなか、忽然と現れた空飛ぶ海賊船はピーターと子供たちをさらって上へ上へと昇っていく。雲も大気圏も突き抜けてあっという間に宇宙空間へと到達してしまうという急な展開……。宇宙空間で呼吸ができたって関係ないとばかりに、現実世界から一気にファンタジーの世界へと移行するのだ。

 ネバーランドが一部で重力を無視しているあたりは『アバター』っぽい印象でもあるし、黒ヒゲ(ヒュー・ジャックマン)の登場シーンもどこか既視感を覚えなくもない。評判が悪いという群衆がニルヴァーナを歌う場面も、個人的にはヒュー・ジャックマンが台詞まで歌ってしまっていた『レ・ミゼラブル』よりは違和感なく受け入れられた。
 その後に出会うタイガー・リリー(ルーニー・マーラ)たちとのエピソードは『マッドマックス/サンダードーム』そっくりだった。部族民たちがピーターを救世主と勘違いし、トランポリンで飛び跳ねながら敵と戦うというのはそのまんまじゃないかという気もする。そんなわけでネバーランドは夢の国というよりはどこかで見たような場所ではあったけれど、にぎやかでなかなか楽しかったと思う。

『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』 ピーター(リーヴァイ・ミラー)とフック船長(ギャレット・ヘドランド)のふたり。このころは仲がよかったという設定。

 ピーター・パンに関しては実はよく知らないし、特段の思い入れもないのだけれど、監督が気になるジョー・ライトということで……。ジョー・ライトという監督は細かな演出に長けた人なんだろうと思う(このページ『つぐない』に対する批評はとても納得)。あまり多くの作品を観ているわけではないのだけれど、何度も映画化されている『アンナ・カレーニナ』でも独自のアプローチであまたある『アンナ・カレーニナ』とは違った作品をつくりあげていた(舞踏会でのダンスも見たことのない振り付けだった)。
 『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』はファミリー向け作品でかなり楽しんで作っているようにも見えるけれど、上昇と落下という運動がうまく取り入れられていた。子供たちがさらわれるのも、海賊船がネバーランドに到達するのも一気の上昇がもたらしていて、この世界と地続きではない別世界の導入を見事に果たしていたと思う。そしてピーターが空を飛ぶ場面は、必ず落下することが契機となっていた。上昇と落下という運動があるからこそ、初めてピーターがふわりと飛ぶ瞬間が感動的だった。
 ただ、ピーターが空を飛べるようになってしまうと意外と間が抜けているようにも感じられた。ピーターがいかにもピーター・パンらしいコスチュームをしていなかったからかもしれない。たとえば『クロニクル』みたいにいかにも普通の青年がふわりと宙に浮くのは何となく奇妙な感じがあるもので、『スーパーマン』だったらクラーク・ケントのままで飛び回ったりしないわけで、スーパーマンらしい派手な衣装とマントは必須なんだろうと思う。そんなわけでまだ飛ぶことを覚えたばかりのピーターは初々しくはあるけれど飛ぶ姿がいかにもぎごちなくて、そこに快感が見出せなかったのが残念なところだろうか。

PAN~ネバーランド、夢のはじまり~ ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]


ジョー・ライトの作品
Date: 2015.11.05 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (3)
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