『15時17分、パリ行き』 未然、突然、偶然、必然……

 『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』などのクリント・イーストウッド監督の最新作。
 2015年に起きたタリス銃乱射事件の映画化。実際に犯人を取り押さえた3人が、映画のなかでも本人役として登場する。最後はフランスのオランド大統領から勲章を授与されるという実際のニュース映像へとつながっていくのだが、さすがに本人が演じているだけにその移行もスムーズだった。

クリント・イーストウッド 『15時17分、パリ行き』 タリス銃乱射事件の映画化。

 『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』などで何度も実話の映画化してきているクリント・イーストウッド監督。今回のタリス銃乱射事件がほかの実話と異なるのは、事件を未然に防いでしまったというところにある。この事件では乗客の一人が重傷を負うことになったわけだけれど、列車という密室に自動小銃などを持ち込んでテロ行為に及ぶという絶体絶命の状況のなか、被害が最小限で済んだのは奇跡のような出来事だったのかもしれない。
 この映画はそれが奇跡ではなかったということを示してみせようという意図なんだろうと思う。映画のなかでは描かれていないけれど、ウィキペディアによると実際の事件では、事件に気づいた乗務員は乗務員室に逃げ込んで鍵をかけてしまったのだという。そんななか偶然その列車に乗り合わせたアメリカ人の軍人2名とその友人が犯人制圧に成功することになる。

『15時17分、パリ行き』 スペンサー・ストーンは事件に遭遇し自分のなすべきことをなす。

 この作品の脚本はドラマツルギーとしては失敗していると言ってもいいのかもしれない。というのも事件は未然に防がれたからで、ドラマとしては盛り上がりに欠けるからだ。たとえば『ハドソン川の奇跡』でも飛行機事故自体はあっという間に終わってしまうから、視点を変えて3回事故を描いたり、国家運輸安全委員会での聴き取りをクライマックスに持ってきたりもしている。
 しかし『15時17分、パリ行き』では事件は唐突に起き、あっという間に終わってしまう。主役の3人スペンサー・ストーンアレク・スカラトスアンソニー・サドラーは、偶然にもその列車に乗り合わせ、しかも犯人が銃を持って姿を現すことになる一等車両に席を移動している。チャンスは多分一瞬しかなかったはずだ。それでも中心人物となるストーンは、その一瞬に自分のなすべきことをなす決断をすることができたのだ。
 この映画では一応事件が起きることは最初から触れられていて、そこに至るまでの長い時間が追われることになる。3人の出会いから始まって、久しぶりに再会しての初めてのヨーロッパ周遊のエピソードが丁寧に描かれる。つまりは事件の前の何気ない日常の場面が続いていくことになるのだ。
 事件を起こしたテロリスト側から描いたとしたら、緊張感のあるドラマを積み上げていくこともできたはずだけれど、この映画ではたまたま事件に遭遇したヒーローの側から描いていくために、楽しい観光旅行の最中に事件は唐突に生じることになるのだ。

 「幸運の女神には前髪しかない」という言葉がある。幸運の女神をつかまえようとしたら、すれちがって振り返ってからでは遅いということだ(後ろ髪はないから)。つまりはチャンスをつかみ取るには、常に準備をして、待ち構えていなければならないのだ。
 この事件の場合はストーンたちが遭遇したのは女神でもチャンスでもないけれど、決断の瞬間がわずかでも遅れていたら、事件を未然に防ぐことはできなかっただろう。ストーンが紆余曲折あって学んできたことのすべてがその瞬間の決断に活かされ、その後の人命救助にも役立っている。彼が「大きな目的」に向かって動かされていると感じているように、運命的に事件に導かれていったようにすら感じられる。3人が事件に遭遇したのは偶然なはずだけれど、後から振り返ると事件を未然に防げたのは必然のようにも思えてくるのだ。
 それでも突然の事件、しかも未然に防がれた事件を描くというのはなかなか難しい仕事だ。事件が唐突すぎて物語の盛り上げようがないからだ。ただ現実はそんなものだから仕方ない。普通はそんな話を映画化するのは難しそうだ。この企画をほかの監督がやろうとしても企画倒れになったんじゃないだろうか。クリント・イーストウッドだからこそ成り立った作品だと言えるかもしれない。

15時17分、パリ行き (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)


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Date: 2018.03.04 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (6)

『ハドソン川の奇跡』 過不足なく逸脱なく

 クリント・イーストウッド監督の最新作。
 「ハドソン川の奇跡」と呼ばれた2009年1月15日に起きた「USエアウェイズ1549便不時着水事故」についての映画化。
 原題は「Sully」で、1549便の機長だったチェズレイ・サレンバーガーの愛称を指す。

クリント・イーストウッド 『ハドソン川の奇跡』 事故では奇跡的に155人全員が生還する。主演はトム・ハンクス。

 日本でもそれなりに話題になった現実の事故に基づいた作品である。日本では乗客・乗員全員が無事だったという“奇跡”の部分が伝えられただけだったように思うのだが、実際には奇跡を起こしたはずのサリー機長は国家運輸安全委員会によって調査されることになったようだ。ハドソン川への不時着は乗客を危険にさらすもので、空港へ戻ることが可能だったのではないかと疑いをかけられることになる。巷では英雄として称えられたサリー機長だが、調査の過程では容疑者のような扱いになる。

 国家運輸安全委員会の質問事項にはたとえば「飲酒をしていたか」というものもある。(*1)これはヒューマン・エラーがなかったかを確認するためにあらかじめ用意された質問なのだろうが、疑われる側となってみればあまり気持ちのいいものではない。サリー機長(トム・ハンクス)は「9日間飲酒はしていない」と答えるのだが、委員会での調査は自分の選択に対する疑問を生むことになる。しかも委員会のコンピューター・シミュレーションでは1549便は空港へ戻ることが成功したという結果もあり、サリー機長は追い込まれていくことになる。

(*1) ちなみにロバート・ゼメキスの『フライト』は、機長がアル中だったというフィクションを交えているけれど、「ハドソン川の奇跡」を参考にしているのだとか(『映画秘宝』に町山智浩が記している)。

『ハドソン川の奇跡』 低空飛行の旅客機は9.11を思わせて恐ろしい部分がある。

 『ハドソン川の奇跡』は脚本の構成がよくできていたと思う。実際の事故では、バードストライクが生じてからハドソン川に不時着するまで208秒しか経過していない。それをいくら引き延ばしても作品にするには短すぎる。それでもこの作品では事故のシーンは3回に分けて別の視点から描くことで、一時は容疑者扱いされたサリー機長の失地回復のドラマを生み出している。

 冒頭から唐突に始まるシーンは、実は事故後にPTSDに苦しむサリー機長の悪夢で、操縦不能となった1549便がニューヨークの街並みへと突っ込んでいくという最悪の事態を迎える。この事故が起きたのは2009年であり、9.11から8年後のこと。それ以降、航空機が低空で飛んでいくというのは、不穏なものを感じさせる映像の最たるものとなっている(最近では『イレブン・ミニッツ』にもそうした場面があった)。
 次にはサリー機長の回想をきっかけにして、事故が乗客の目線で追われていく。平穏な旅が突然緊急事態に襲われ、あっという間に不時着し、真冬の寒さのなかで何とか救出されるまでが描かれる。ここではあり得たかもしれない悪夢と現実に起きた出来事が並べられる。それに加えてコンピューターのシミュレーションより別の結果も示され、サリー機長の判断が本当の正しいものだったのかという疑問が呈される。
 そして最後は国家運輸安全委員会に呼び出され、衆目のなかで録音テープを聴く場面。ここではコックピット内に焦点が当てられる。国家運輸安全委員会の論点はヒューマン・エラーがあったか否かだが、シミュレーションではそうした人的要因が排除されている。バードストライクの次の瞬間に空港に戻るという対応はどのマニュアルにも記されていないことで、現実にはあり得ない絵空事だ。サリー機長の長年の経験があったればこそ、マニュアルでは到底対応できない事態にも対処することができたのであり、サリー機長とジェフ副機長(アーロン・エッカート)は突然の緊急事態に慌てることもなく最善の選択をしたことが誰の目にも明らかになる。

 とにかく過不足がない映画だった。サスペンスを盛り上げようとすれば色々と方法はありそうなものだが、乗客がパニックになって騒ぎたてることがなくとも、劇半に頼ることがなくとも、最後まで緊張感を維持している。また過度にお涙頂戴に流れるわけでもなく、トム・ハンクスの演技は抑制されたものでも静かな感動を呼び起こすのに十分だったと思う。サリー機長の失地回復のあとにジェフ副機長のウィットに富んだ一言でちょっと場を和ませるあたりもさりげなくうまい。
 サリー機長の対応がプロフェッショナルなものだったのと同じように、イーストウッドの撮り方もプロフェッショナルで文句もつけようがない。的確すぎて96分というイーストウッド作品のなかで最も上映時間が短い作品となったこともあり、まったく逸脱というものが感じられないくらいで、こうやってブログで感想を記す側としてはあまり膨らませどころがないのが困ったところだろうか(誰もが似たり寄ったりの感想になりそう)。

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Date: 2016.09.27 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (10)
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