『ドローン・オブ・ウォー』 戦争をしつつ家庭の平和を享受することは可能か

 『ガタカ』『TIME/タイム』『ザ・ホスト 美しき侵略者』などのアンドリュー・ニコルの作品。原題は「Good Kill」
 昨年10月に劇場公開され、先月にDVDがリリースされた。

『ドローン・オブ・ウォー』 イーガン(イーサン・ホーク)が働く戦場は冷房のきいた快適な場所だった。

 無人戦闘機(ドローン)による空爆という現在いまの戦争」を描いた作品。
 空軍兵士たちはアメリカに居ながらアフガニスタン上空のドローンを操って空爆する。その爆撃システムはゲーム機「Xbox」をモデルとしていて、新人兵士の半分はゲームセンターからリクルートされる。モニターを見ながらターゲットを撃つというシューティングゲームと同じ感覚なのが「現在の戦争」なのだ。
 もしかすると新人世代はそうした戦争にすぐに対応して、ゲームと同じように戦争も謳歌するのかもしれない。ただ主人公イーガン(イーサン・ホーク)はちょっと前までは戦闘機で敵地を飛んでいたわけで、自分にはまったく危害が及ばない戦争のやり方を臆病者のすることだと感じてもいる。

 臆病者の戦争以外にも問題はある。イーガンは毎朝ラスベガスの空軍基地に通勤する。冷房のきいたオペレーションルームで戦争をして、夜は郊外の自宅へと戻る。そこでは美しい妻とかわいいふたりの子供たちが平和に暮らしている。戦争という非日常的な出来事が、家庭という日常生活と並行してあるわけで、このこともイーガンにとって問題を増やす一因になっている(戦争をしながらも子供の送り迎えに関して妻とけんかをしたりもする)。
 人を殺すことには普通は抵抗感があるわけで、兵士になっても簡単に人を撃てるわけではない。『フューリー』でも描かれたように通過儀礼を経て、ようやく人を撃つことできるようになる。戦場での兵士はいわば変性意識状態にあるようなもので、それは日常生活とは別の状態なのだ。だからドローンで敵兵を殺したあとに家庭に戻って家族団欒という生活がすんなりいかないのもわからないではない。凄腕のスナイパーだった実在の人物を描いた『アメリカン・スナイパー』でも、主人公は戦場からアメリカに戻ってもすぐには自宅に帰ることができずにいたわけで、戦争と家庭生活を両立させるのは難しいことなのだろうと思う。

『ドローン・オブ・ウォー』 イーガンは妻モリー(ジャニュアリー・ジョーンズ)につらい胸のうちを語るのだが……。

 イーガンは途中からCIAが指揮する作戦に参加することになるが、「テロとの戦い」を名目とするその作戦は民間人が犠牲になるのもやむを得ないという酷いものだった。前回に取り上げた『ボーダーライン』以上にイーガンは善悪の境界に悩むことになる。
 CIAはターゲットばかりでなく、救出にあたる一般市民をも殺すことを命令するし、さらには犠牲者の葬式に集まった親戚一同まで一網打尽にするという徹底ぶりで、CIAの正義は無差別テロ以上に悪質かもしれない(このあたりは観ていてかなりイヤな気持ちになる)。
 イーガンは味方が休息をとるための見張りの仕事をしたときには、「今日はいいことをした」と妻に語っている。何も知らない妻には「いつもは違うの?」と問い返されるわけだが、イーガンにとっては到底正義の戦いとは感じられないからこそ精神的な均衡を失っていくのだろう。
 アメリカの戦争で「正義」がやたらと強調されるのは、自分たちがどうやら悪いことをしていることは何となく感じて、それでも「いいこと」をしていると信じさせるための自己暗示の側面が大きいのかもしれない。

 派手な見た目の妻モリー(ジャニュアリー・ジョーンズ)はイーガンの告白を聞いたにも関わらず家を出て行ってしまったり、その後には同僚のスアレス(ゾーイ・クラヴィッツ)との関係がほのめかされたりする終わり方には締まらない感じは残るけれど、『ドローン・オブ・ウォー』はこれからの戦争のあり方の問題提起として興味深い作品だった。
 イーサン・ホーク演じるイーガンが戦闘機に乗っていたころを懐かしむように青い空を見上げる様子は、『ガタカ』でイーサン・ホークが演じた宇宙に憧れるヴィンセントという主人公の姿を思わせる。アンドリュー・ニコル作品としては久しぶりに満足度が高い作品だったと思う。

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Date: 2016.04.17 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『6才のボクが、大人になるまで。』 12年という時間は長いか、短いか

 リチャード・リンクレイター監督の最新作。ベルリン国際映画祭では銀熊賞(監督賞)を受賞した。
 原題は「Boyhood」。つまり「少年時代」で、これはトルストイの中編小説から取られているとのこと。

リチャード・リンクレイター 『6才のボクが、大人になるまで。』 主演のエラー・コルトレーン。

 『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』の<ビフォア・シリーズ>の姉妹編みたいな印象だった。<ビフォア・シリーズ>は、『ビフォア・サンライズ』で偶然出会ったふたりのその後を、9年後、18年後の2つの続編で追っていくというトリロジーだった。この『6才のボクが、大人になるまで。』は、12年間の長きに渡り、毎年3日間から4日間かけた撮影を継続し、それを165分の劇映画としてまとめている。(*1)
 12年という時間は長い。この映画で主役メイソンを演じるエラー・コルトレーンは、劇中のメイソンが成長するのと同じように、現実でも成長して大人になっていく。というよりも子供の成長を記録に撮りたい親の気持ちを、そのまま劇映画でやってしまったということなのかもしれない。ちなみにメイソンの姉サマンサを演じているのは、リンクレイター監督の長女ローレライ・リンクレイターで、監督自身の子供の成長記録としてもあるのだ。
 「子供と遊ぶのが趣味」なんて言う親がいるが、そんな言葉もまったく理解できないわけではないくらい、やはり子供の成長を見守ることは喜びなのだろう。この映画もそんな楽しさがある。

 12年後に何があるかなんて、誰もわからないわけで、この企画を実現させたことはすごいことだ。プロデュースする側からしても、12年経たないと投資した金が戻ってこないわけで、普通なら手を出しそうにない。演じる側としても、毎年短い期間とはいえ撮影に参加するわけで、モチベーションが維持できるかどうかもわからない。
 雑誌『キネマ旬報』によれば、実際に監督の娘は途中で飽きてしまって、「私の役を殺して」と駄々を捏ねたらしい(確かに子供のころの場面は楽しそうだ)。もちろんそれでは違う映画になってしまうから却下されたわけだが、現実世界でも予想外の出来事がまったくないとも限らないわけで、こうして無事に作品が完成したのは奇跡的なことなのかもしれない。

『6才のボクが、大人になるまで。』 12年かけたからこそ撮ることができる少年の成長。

 エピソードは日常のあれこれで、特別なことは何もない。例外的にアル中夫にはまるエピソードなどはあるけれど、普段の生活のなかでメイソンの成長する姿を描いていく。ケビン・ベーコン的にやや上向き加減の鼻がかわいらしい少年が、最後には大学へと進学し、女の子と将来の話などを語り合うまでになる。ラストの会話でも、“瞬間と時間”といったことが語られている。この映画の主題は“時間”そのものと言ってもいい。(*2)
 『ビフォア・ミッドナイト』ではイーサン・ホーク演じるジェシーは、“時について”の小説を書いていた。今回の『6才のボクが、大人になるまで。』では、メイソンは写真という“瞬間”を切り取る職業に興味を抱いている。リチャード・リンクレイターは“時間”ということに心底こだわっている監督なのだ。(*3)
 先ほどは「12年は長い」と書いたのだが、母親の台詞では逆のことも言われている。母親オリヴィア(パトリシア・アークエット)はメイソンを大学に送り出すときに、メイソンがあまりに浮き浮きと楽しそうなのでちょっと恨めしそうにする。オリヴィアは子供ができて結婚し、それから離婚して、また結婚して、そんなことを繰り返す。そうしているうちに子供は成長して親の手を離れ、人生の大部分は過ぎてゆく。親からしてみれば、12年という時間もあっという間なのだ。寂しそうな母親の姿が泣かせる場面でもあるけれど、ここにも“時間”に対する洞察が垣間見られる。

 この映画はドキュメンタリーではないが、演者の成長を追うという面では、現実が虚構世界に影響を与えている。メイソンを演じたエラーは途中から脚本作りにも参加していたりもしたらしく、現実のエラーのキャラクターも取り入れながら映画が作られているのだ。
 ほかにも現実からの映画への反映としては、こんな例があった。父親からメイソンへの誕生日プレゼントとして登場するのは、ビートルズの「ブラック・アルバム」だ。これは実在しないアルバムだが、実は父親を演じたイーサン・ホークが、ユマ・サーマンとの間にできた娘に贈ったものなのだとか。現実にこんな素敵なアイテムを作っているとは(ビートルズ好きとしてもくすぐられる)。イーサン・ホークが選んだという、そのトラックリストも公開されている。Coldplay「Yellow」から始まるこの映画は、ロックやカントリーミュージック、音楽好きの父親の自作曲とかも含め、様々な音楽に溢れている映画でもある。

(*1) 目立たない作品だったからか無視されているけれど、2013年に公開された『いとしきエブリデイ』も同じ手法だった。それでも時間のスパンはやや短くて、この作品では5年間に渡って子供たちの成長を追っている。ただ企画が始まったのは、『6才のボクが、大人になるまで。』のほうが早いことになる。

(*2) 最後のほうで、メイソンは自分の父親に「今の話の要点は?」と訊ねるのだが、父親は「そんなこと知るか。勢いでしゃべってるんだから」と返す。この映画も、その時その時の即興的なものを積み重ねて出来ているのだろう。

(*3) この映画がメイソン6才のときから始まるのは、記憶との関係があるのかもしれない。記憶がなければ主観的な“時の流れ”は感じられないだろうから。姉サマンサは「そんなこと覚えていない」などと父親に答える場面も描かれていて、そんな子供のころはまだ“時の流れ”などという感覚もないだろう。

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6才のボクが、大人になるまで。


Date: 2014.11.15 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (8)
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