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『ザ・プレイス 運命の交差点』 謎の男の正体?

 監督は『おとなの事情』のパオロ・ジェノヴェーゼ
 元となっているのはアメリカのドラマ『The Booth ~欲望を喰う男』とのこと。

パオロ・ジェノヴェーゼ 『ザ・プレイス 運命の交差点』 人々の願いを叶えるという謎の男(ヴァレリオ・マえスタンドレア)。彼は何だか疲れきっているように見える。

 ザ・プレイスという名前のカフェの一番奥の席には、いつも謎の男(ヴァレリオ・マスタンドレア)が座っている。その男は願いを叶えるのと引き換えに無理難題を要求する。
 たとえば病気の子供を救いたいと願う父親には「幼い少女を殺せ」と要求し、視力を取り戻したいという盲目の男には「女を犯せ」と指示したりもする。男の要求は無茶苦茶で、たとえその契約を履行することによって願いが叶うとしても、躊躇わずにはいられないようなものばかりなのだ。
 ここでは願いを叶えるためにどこまでできるのかということが問われることになるのだが、『ザ・プレイス 運命の交差点』では願いを叶えようとする人々よりも、その中心にいる謎の男が何者なのかという点に観客の関心が移っていく。男は一体何のためにそんなことをしているのか?
 一つの解釈としては試写会での解説にあるように、男が悪魔的な存在で、カフェの店員アンジェラ(サブリナ・フェリッリ)はその名前が示すように天使であるということになる。
 非常にもっともらしいのだが、腑に落ちない部分もある。メフィストフェレスのような悪魔は自分から狙った獲物に近づいていって誘惑しそうなものなのに、本作の男はカフェの席から一切離れることはないからだ。人々はどこかで彼の噂を聞きつけてはその席にやってくる。契約を履行するかどうかはその人次第であり、男はそれぞれに指示を与えたとしても対価として金銭を受け取るわけでもないのだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『ザ・プレイス 運命の交差点』 修道女キアラ(アルバ・ロルヴァケル)は神の存在を感じたいという。

◆無理難題の要求とその結果
 以下はまったく個人的な解釈だが、男は善意の存在であり、人々の願いを叶える力があるために渋々それをやっているというように見えた。男の指示はとんでもない行為ばかりだ。しかし、その結果を見てみると意外と丸く収まっているからだ。
 謎の男は本作に登場する9人の人々の関係をうまく操っているようにも感じられる。たとえば「幼い少女を殺せ」と指示しておきながら、同時に別の男には「その少女を守れ」と命じて危機を回避させようとしているし、女を犯すように命じられた盲目の男は、妊娠するように指示された修道女キアラ(アルバ・ロルヴァケル)と出会うことになり、愛し合ってキアラの願いを叶えることになる。
 それから旦那のアルツハイマーの進行を止めたいという老婆は、人の集まる場所に爆弾をしかけろと要求されるのだが、結果的には老婆は男に非難の言葉を浴びせるものの、夫のアルツハイマーを受け入れることを選んだようでもある。悲惨な結果になったのは、夫を振り向かせることを望んだ女性くらいだろうか。彼女はそれを叶えたにも関わらず、それ以上のものを求めたから悪い結果を招いたのかもしれない。
 全体の結果を見てみれば、奇跡のように子供の病気が治ったりはしたものの、謎の男が全能の力を有しているのかといえば、それには疑問符が付くことになるのかもしれない。ただ、謎の男は反社会的な要求をしているようでいて、彼とのやりとりがカウンリングのような役割となって、意外にも真っ当な方向へと導いているように見えるのだ(彼の仕事をカウンセラーだと指摘したのはアンジェラ)。

◆謎の男の正体?

 謎の男が渋々その仕事をやっているように見えるのは、男が疲れきっているからだ。男には人の願いを叶える能力があるが、それによって感謝されるわけでもなく非難されたりもするわけで、疲れるのも当然とも言える。
 そして、その能力は男が持っているノートの力による。男はそのノートによって命じる行為を決めているし、途中経過を書き込んだりもしている(改訂作業?)。最後の場面では男の姿は消え、そのノートだけが席に残っている。
 このノートを聖書の類いと解釈するのはそれほど強引なものではないだろう。男はそのノートを持っていたからある種の力を有していて、人が望むならばそれを叶えることもできる。男はザ・プレイスの奥の席でひたすら他人のために奉仕しているわけで、男自身が何かの欲望を見せることはない(元となったテレビドラマは“欲望を喰う男”となっているのだが)。そんなわけで男は疲れて去ることになるわけだが、ザ・プレイスにはすべてが書かれているかもしれないノートが残されている。その力を有効に使うことができるならば、人々の願いが叶えられるということなのかもしれない。

 前作『おとなの事情』では、様々な秘密を暴露され、誰もが恥をかき非難されるという状況のなかで、ただひとりだけ真っ当な男がいた。そうした男の存在がこの謎の男に反映しているような気もするのだがどうだろうか。巷の噂では、パオロ・ジェノヴェーゼは本作を含めて3部作を予定しているのだとか。
 『おとなの事情』も会話が大半の群像劇だったのだが、登場人物の組み合わせは様々だし、携帯電話のなかの秘密が暴露されるというシチュエーションがスリリングだった。それに対して本作では、謎の男と相対することになる9人はそれぞれが1対1で男が関わることになる(例外として1組のカップルがあるが)。これは修道女キアラの質問に対する男の答え「それぞれに神は一人」を意識しているのだろう。謎の男はそれぞれ相対する人にとっての神として現れるということなのかもしれない。ただ、男と9人が対面する場面が延々と続くという意味では、幾分か単調な感じは否めない。

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Date: 2019.04.14 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『眠れる美女』 3人の“眠れる美女”と、その周囲が考える“尊厳”について

 『夜よ、こんにちは』『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』などのマルコ・ベロッキオ監督の最新作。昨年10月から劇場公開され、今月に入ってDVDがレンタル開始となった。

マルコ・ベロッキオ 『眠れる美女』 植物状態のローザとその母親(イザベル・ユペール)

 イタリアで実際に起きたエルアーナ・エングラーロの尊厳死事件を題材とする作品。ベロッキオ監督は、この事件に対する周囲の反応への「高ぶった感情」からこの映画を製作したとのこと。
 この映画は3つの物語が並行して綴られていく。それぞれのエピソードにつながりはないが、テーマはすべて尊厳死の問題が横たわっている。
 1つ目のエピソード。17年間も植物状態にあるエルアーナの尊厳死を求める親と、カトリック教徒に取り入るための政治的配慮から延命措置を続けようとする議会の対立があるなか、議員のウリアーノ(トニ・セルヴィッロ)はその延命措置継続する法案に賛成するか否かで悩んでいる。ウリアーノはかつて妻の願いを聞き入れ尊厳死を叶えてやったことがあり、エルアーノの親の立場がわかるからだ。逆に娘のマリア(アルバ・ロルヴァケル)はカトリック的な信念から延命措置を続けるほうを望んでいて、こうした考えの相違によりふたりはすれ違っている。
 2つ目のエピソード。医師のパリッド(ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ)は自殺志願の女ロッサ(マヤ・サンサ)を間一髪のところで助ける。薬物依存で死んでしまいたい女と、医師として彼女を助けたい男。女は睡眠薬で眠り続け、男はその女を見守り続ける。
 3つ目のエピソード。植物状態で眠り続ける娘ローザを看病する元女優の母親(イザベル・ユペール)と、母親のように俳優に憧れる息子がいる。母親は神に祈りを捧げ、奇蹟を待ち続けているが、息子は伝説的女優としての母親のキャリアを大事に思い、その邪魔になる妹の存在が疎ましく、延命措置をやめさせたいと考えている。

『眠れる美女』 ウリアーノ(トニ・セルヴィッロ)とマリア(アルバ・ロルヴァケル)は一時は和解するが……

 どの物語も尊厳死に対する対立の構図があるのだが、最も幸福な終わり方をしているのが、2つ目のエピソードだろう。医師パリッドは自殺志願の女ロッサをひたすら見守り続けることで、女を生に留まらせることにひとまずは成功する。女は死にたがり、男はそれを阻止するという対立関係にあるのだが、ここではふたりのほかに夾雑物はない。宗教的信念も政治的企みも何もない。女は死ぬ自由があると主張し、男は医師としてまたは人間愛としてそれを止める自由があると主張する。双方の考えは対立しているが、外野からの横やりがないだけ純粋な対立だ。
 それに対してほかの2つのエピソードでは、二度と覚めないかもしれない“眠れる美女”を巡っての対立だが、それは当事者同士のやりとりではない分、余計な雑音が多く、複雑になり、より混乱を増している。

 1つ目のエピソードでは、マリアはエルアーナの延命措置継続を求める集会に参加し、反対派の頭のおかしな青年に水をぶっかけられるトラブルに遭遇する。マリアは宗教的信念に囚われた存在だが、このトラブルのあと目を覚ましたようにも見える。そして“眠れる美女”エルアーナの状況などそっちのけで、トラブル男の兄との恋に夢中になってしまう。マリアは「愛って見る目を変えるのね」と自分で語るように、かつての出来事の解釈を変更することになる。母の最期にも延命措置に対する考えの対立から溝が生じていた父と娘だが、病室で父が母親を抱きしめていたことを再発見することで、父の母親に対する愛情を感じ、父親と和解することになるのだ。しかし父親が実際にしたことは母親の死の手助けであり、父がすべてを告白した手紙を読むことで、恐らくふたりの間には決定的な亀裂が生じるであろう含みを残しつつ終わる。
 3つ目のエピソード。ローザの母親は狂信的なまでに奇蹟にこだわっている。1日を終えてローザの側のソファーで休むとき、その夢のなかでは元女優の血なのか、マクベス夫人の台詞を謳い上げる。マクベス夫人の台詞は人を殺した罪悪感から逃れられないという狂気が言わせたものだった。ローザが植物状態にある理由は何も語られないのだが、マクベス夫人の台詞から推測すれば、母親は自らにその原因があると考えているようだ。母親のローザに対する何らかの罪悪感があればこそ、眠りについたときに深層意識が現れたのだろう。つまり母親が延命措置を望むのは、罪悪感からの自己保身にすぎないとも思えるのだ。
 マリアもローザの母も純粋に延命治療を望んでいるのとは違う。宗教的な信念や罪悪感といった余計なものが“眠れる美女”を延命させたいと望ませているのだ。“尊厳死”などと言ってみても、その尊厳を受けるべき人は何の反論もできないわけで、周囲の考える勝手な思い込みにすぎないのかもしれない。
 マルコ・ベロッキオがこの映画を製作することになった「高ぶった感情」も、外野からの過干渉に対する違和感があったのではないだろうか。だから2つ目のエピソードのように、当事者だけの関係だけにはちょっとした希望を滲ませているのではないか。もちろんこれは一時的なものかもしれず、同僚の医師が言うようにロッサは「この先10年も周囲に迷惑をかけ続ける」ことになるのかもしれないのだが……。
 イザベル・ユペールの見下すような冷たい視線はいつもにも増して強烈だし、水をぶっかけられて戸惑うアルバ・ロルヴァケルの存在もとてもよかった。

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Date: 2014.07.19 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (1)
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