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『ブラック・クランズマン』 作品の出来よりも主張が大事?

 『ドゥ・ザ・ライト・シング』などのスパイク・リー監督の最新作。
 アカデミー賞では脚色賞を、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した作品。
 原題は「BLACKKKLANSMAN」。中央に3つ並んだKがクー・クラックス・クランのことを仄めかしている。

スパイク・リー 『ブラック・クランズマン』 黒人のロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)とユダヤ人のフリップ(アダム・ドライヴァー)。

 時代は1970年代。コロラドスプリングスで初めての黒人警官であったロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、白人至上主義の過激派団体KKK(クー・クラックス・クラン)に潜入捜査することになる。
 これが実話なのだというから驚かされる。実際には黒人がKKKに潜入できるわけもないので、ロンがやるのは電話でKKK上層部の信頼を勝ち取ることであり、KKK内部に入り込むのは白人の相棒ということになる。
 原作となっている本ではこの白人の正体は明かされていないらしいのだが、本作ではそれがユダヤ人という設定となっている。KKKは黒人を忌み嫌っているわけだが、それだけではなくWASP(ホワイト・アングロ-サクソン・プロテスタント)以外はすべて劣っているという優性思想を抱いていて、ユダヤ人も黒人と同様の扱いになるらしい。だから実際にKKKに潜入することになるフリップ(アダム・ドライヴァー)は危ない橋を渡ることになっていく。

『ブラック・クランズマン』 パトリス(ローラ・ハリアー)のアフロヘアーがとてもカッコいい。

 KKKを描いた作品でありながら、たとえば『ミシシッピー・バーニング』みたいな深刻さよりも、アレック・ボールドウィン演じるトランプ大統領的キャラの暴言から始まる本作はコメディっぽい印象でもある(アレック・ボールドウィンのテレビ番組での持ちネタがトランプ大統領の真似なんだとか)。というのも登場してくる白人たちの多くはバカ丸出しで、そのおぞましい姿を嗤うことが意図されているからだ(『國民の創生』のKKK登場シーンに沸き立つ白人たちの姿は醜悪だった)。
 そして、その反対に「ブラック・イズ・ビューティフル」というスローガンを鮮明に感じさせる。ロンやパトリス(ローラ・ハリアー)のアフロヘアーには、黒人であることを肯定するような意味合いがあるらしい(町山智浩の指摘)。ロンは珍しい黒人警官として差別的扱いを受けながらも、本作では虐げられる側としての黒人の姿だけではなく、ロンとパトリスのダンスのような楽しい場面もふんだんに盛り込んでいるのも、そうしたスローガンを意識しているのだろう。
 それでもやはり黒人の置かれた状況は笑えないところもある。ラスト近くでハリー・ベラフォンテ演じる長老が語るのは、黒人がリンチされ焼き殺され、バラバラにされて記念品とされるという信じがたい話だ。さらにはそうした怒りが高じてきたのかのように、最後にはそれまでの物語を無視してまで最近の事件(こちらのページを参照)を無理やり挿入している。そして、トランプ大統領本人が差別主義者たちを擁護する発言のニュース映像が続いていく。作品の物語は1970年代のものだけれど、醜悪な事態は今も続いているということを明らかにしているのだ。

 スパイク・リーはアカデミー賞作品賞受賞の『グリーンブック』には不快感を示していた。『グリーンブック』の黒人ピアニストが、結局は白人にとって都合がいい存在になっているからだろう。もちろんそうした主張はわかるのだけれど、作品として『ブラック・クランズマン』が『グリーンブック』より出来がいいかは微妙な気もした。
 『ブラック・クランズマン』は構成がゆるく全体的にとりとめがない感じが否めなかった。私自身はスパイク・リー作品は『マルコムX』しか観てないので、それがスパイク・リーのスタイルなのかはよくわからないが……。
 特に最後のニュース映像は、その主張の正当性を印象付けるという意図は果たしてはいたとしても、作品としてのまとまりを欠くことにもなってしまっている。ただ映画の出来以上に、その主張を強調することが必要だったということでもあるのだろう。残念ながら警鐘を鳴らす必要性がまだまだあるわけだから……。

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スパイク・リーの作品
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Date: 2019.03.27 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』 専守防衛という闘い方?

 エピソード8となるスター・ウォーズの最新作。
 監督は『ルーパー』のライアン・ジョンソン。
 レジスタンスのレイア将軍を演じるキャリー・フィッシャーにとっては遺作となった作品。

ライアン・ジョンソン 『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』 シリーズ8作目。キャリー・フッシャーの遺作となった作品で出番も多い。真ん中のレイアは結構昔の風貌に見えるけれど。


 前作で敵のスターキラー基地(新型デス・スター)を破壊したレジスタンスだが、まだ敵のファースト・オーダーに追われている。ワープで逃げたはずなのになぜかすぐに敵も跡を追ってきて、逃げ場はなくなってしまう。一方、ルークに会いに行ったレイだが、ルークはフォースの強大な力を恐れ、それをレイに教えることを拒むのだが……。

 エピソード4からエピソード6の主人公であるルーク・スカイウォーカーが完全復活。ルークを演じるマーク・ハミルは本当に久しぶりだけれどとても元気そう。『スター・ウォーズ』という作品そのものは大成功だったけれど、主役マーク・ハミルはほかの作品には恵まれなかったためにルークそのものとすら感じられる(ハン・ソロ役のハリソン・フォードが大スターとなって様々なところで出くわすのと対照的に)。そんなルーク=マーク・ハミルが大活躍。様々キャラが入り乱れる群像劇のなかで主役と言ってもいい存在感を示していた。
 シリーズのほかの作品よりもユーモアに溢れているのが特徴的で、敵のハックス将軍(ドーナル・グリーソン)のヘタレキャラを筆頭にところどころに笑いを盛り込んでいる。ルークの絶海の孤島での日常生活も垣間見られて、アザラシ的な動物からミルクをもらい、断崖絶壁での漁もおもしろい場面だった。
 フォースの能力はこれまで作品とはだいぶ趣きを変えている。レイ(デイジー・リドリー)とカイロ・レン(アダム・ドライヴァー)は『機動戦士ガンダム』のニュータイプのように意識を通じ合ってしまうし、一番びっくりだったのは宇宙空間に投げ出されたレイア将軍がフォースによって船に帰還して死を免れたこと。ルークによるフォース講座もあって、それによればフォースはジェダイ個人の力ではなく、万物に宿るエネルギーのようなものであり、それをジェダイが操るということになるらしい。今までになかった考えのような気もする。
 見どころはレイとカイロ・レンが共闘しスノークとその部下たちと大立ち回り演じる場面だろうか。それからルークとレンの師弟対決も大満足だった(塩の惑星という闘いの舞台も素晴らしい)。何の情報も知らずに観たので上映時間すら知らなかったのだけれど、152分の長尺だったらしい。そんなことはまったく気にならないほど楽しめた。全シリーズ中でも3本の指に入るおもしろさなんじゃないかと思う(ほかの2本はエピソード4と5)。

 ※ 以下、ネタバレもあり! 余計な情報を知りたくない人は要注意!!

ライアン・ジョンソン 『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』 主人公のレイ(デイジー・リドリー)と久しぶりのルーク(マーク・ハミル)。

◆レジスタンスとルークの闘い方
 最後のルークの術はこけおどしとも感じられるし、禁じ手のようなものだろう。岩の上で空中浮揚しながら念を送るという姿は、どこかのカルト教団のグルを思わせなくもない。しかしこの作品が訴えているテーマを考えれば必然的な闘い方だったのだろうとも思える。
 ルークはフォースの強大な力を恐れ、自分がひっそりと死んでいくことでその力を終わらせようとしていた。しかしダークサイドと対抗するためにレイが修行を必要としていることを知り、信念を曲げてレイに修行をつけることになる。
 大きな力はそれを使う人によっていかようにでも変わる。宇宙を滅ぼす破壊の力となるかもしれないし、人々を助け幸福をもたらすための力となるのかもしれない。そうした力の使い方がこの作品の主題となっているのだ。
 新キャラとして登場したDJ(ベニチオ・デル・トロ)の存在は、力は使い方次第で善にでも悪にでもなることをよく示している。DJは暗号解読のプロで、最初はレジスタンスを助ける側として登場するが、途中で敵側に寝返る。というよりもDJは金になるためならなんだってするのだ。彼が言うように武器商人は敵側にも武器を売るが、正義を謳うレジスタンスにも武器を売る。武器商人もDJもそれだけでは悪くはないのかもしれないのだが、つまり問題になるのは力は使い方なのだ。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』 カイロ・レンを演じるアダム・ドライヴァー。ちょっとは大物風になってきた?

 作品冒頭の闘いで成果を挙げたものの特攻精神によって味方に多大な犠牲を出すことにもなったポー(オスカー・アイザック)は、レイアに降格させられる。ポーが戒められるのは、彼のような特攻精神が自殺行為に近いからでもあるし、敵を倒すための闘いだったからだ(特攻精神の否定は全員が闘いのなかで死んでいった『ローグ・ワン』の罪滅ぼしでもあるのかも……)。
 レジスタンス側の闘い方は味方を助けるためのものだというのが、レイアやその跡を受け継いだホルド中将(ローラ・ダーン)の考えなのだ。さらには加えれば塩の惑星ではフィン(ジョン・ボイエガ)が無茶な攻撃を仕掛けると、相棒ローズ(ケリー・マリー・トラン)によって救われる。無謀な男どもを戒める3人の女性たちが語るのは、レジスタンスの闘いは味方を助けるためにするものだということなのだ。

 ルークは多分レイアたち女性陣と同様の答えに独自のルートでたどり着いたのだろう。カイロ・レンとの闘いの前にルークは彼に向かって、「怒りで私を殺しても、お前の心の中に残る」と告げる。レンは父親のハン・ソロを殺したが、それによって相手は消えるわけではなく、さらなる呪縛をもたらすことになったからだ。そうしたことをルークは悟ったからこそ、あの闘い方は必然的に導かれるものなのだ。カイロ・レンを殺すために来たと言いながら、幻影によってカイロ・レンと敵側を撹乱することでレジスタンスが逃げる余裕を与えたわけで、ここでも闘いは味方を助けるためにあるのだ。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』 ルークとカイロ・レンの闘いの舞台と塩の惑星。塩の大地の下に赤土があり、それが巻き上げられるという設定らしい。

◆レイの正体
 前作からファンの関心を集めたネタとしては、レイの出自ということがあるだろう。私も前作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のレビューの際にスカイウォーカーにつながる人物でなければこの物語の主役にはなれないと考え、ルークの娘なんじゃないかと勝手なことを推測していたのだが、大きな間違いだったようだ。
 レイは前作と同様にどこの馬の骨ともわからない存在なのだ。カイロ・レン曰く、レイの両親は飲み代ほしさにレイを金に替えただけ。つまりレイは血統としてはまったくスター・ウォーズ正史の正統にはほど遠い人間なのだ。しかしそんなレイですらフォースを操ることは可能なのだ。ラストではレジスタンスの物語を語り継いでいた辺境の星の少年がフォースを身につけていたことが示される。フォースは努力次第で獲得可能なものだということなのだろう。

 もともとジョージ・ルーカスがこのサーガを構想したとき、それは最初から9部作だったらしい。実際に今こうして8作目『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が作られてみると、今現在の世界情勢が反映されているようにも感じられる(もともとの構想はどんなものだったのだろうか)。今回のエピソード8は武器(力)とそれを使う人の問題を主題としていて、そこに今の現実世界を読み込むこともできるからだ。
 前作のデス・スターの破壊の描写を見ていると核兵器を思わせなくもない(というよりもデス・スターは惑星すら破壊してしまうのだからそれ以上のもの)。そしてデス・スターを操るのはダークサイドに堕ちた者たちだった。フォースは使い方を誤ればとんでもないことになる。ルークが恐れたのはそこで、だからこそカイロ・レンを殺そうとまでしたのだった。
 フォースは特別な人間に宿るものではないことがこの作品で示されたように、核兵器だって(誰にでも持てるものではなくとも)持とうという意志があれば持つことができる。力は使い方次第でいかにようにもなるわけで、危なっかしい人物がその力を保有することになれば、この惑星すら危機に陥れることにもなりかねない。そうした危惧がこの作品の根底にあるものということだろう。
 
 これで外伝を除けば残すところはあと1エピソードということになるわけで、どんなラストを迎えることになるのだろうか。流れからするとカイロ・レンがライトサイドの側に戻ってきて大団円ということのような気もするのだけれど、今回も色々と予想を裏切ってきたわけで悲劇的な展開を見せたりもするのかもしれない。何だかんだで次も楽しみにして待ちたいと思う。

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『スター・ウォーズ』シリーズ諸作品
Date: 2017.12.17 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (11)

『ローガン・ラッキー』 この作品で強盗に遭ったのはあなただけ?

 『サイド・エフェクト』(2013年)を最後に引退と謳っていたスティーヴン・ソダーバーグの復帰作。
 脚本は、この作品が最初の脚本だというレベッカ・ブラント

スティーヴン・ソダーバーグ 『ローガン・ラッキー』 ダニエル・クレイグ、ライリー・キーオ、チャニング・テイタム、アダム・ドライヴァーのローガン一味を演じる出演者たち。

 ソダーバーグが引退した理由は作品のすべてをコントロールできるような環境ではなかったかららしいのだが、今回のカムバック作品は自分の会社などを設立して自分のやり方で映画を撮ることができるようになったようで、それだからかはわからないけれどとてもご機嫌な作品に仕上がっている。
 都会的でシャレている『オーシャンズ11』シリーズとは対照的に、田舎者で野暮ったい登場人物ばかりの『ローガン・ラッキー』。オーシャンたちがプロの犯罪集団だったのに対して、ローガン一味の面々は言ってみれば社会の落ちこぼれ組。そんな面々がNASCARレースの売上金を盗もうと画策するのだけれど、計画は杜撰であちこちでマヌケさを見せるのだが……。

 ジミー(チャニング・テイタム)はアメフトの有望選手だったけれど、ケガでリタイアして建設現場で働いている。弟のクライド(アダム・ドライヴァー)はイラクで片腕(ではなく片手?)を失くして帰還した。金庫破りのジョー・バング(ダニエル・クレイグ)のふたりの弟はとても頭が悪そうだけれど、倫理的に間違っているから犯罪には加担しないと言ってのける(変な理由で義憤に駆られたのか結局に参加することになるのもアホっぽい)。みんな愛国者であり、人がいい奴ばかりなのだ。だからやっていることは犯罪でも痛快なのだ。
 しかもこの事件で損をしたのは誰もいない。カーレースの運営会社は保険会社から被害額以上の金を受け取っているかもしれないし、ローガンたちは欲張らずにそれなりに再スタートが切れるほどの金をせしめたらしいし、協力者たちにもそれなりの謝礼金が届けられる。エンドロールで「この作品で強盗に遭ったのはあなただけ」といった言葉が示されるのも粋だった。
 ジミーの娘が「カントリー・ロード」を歌うシーンが泣かせるのだけれど、懐かしい場所に帰ってきたソダーバーグの心情が反映されているようにも感じられた。
スティーヴン・ソダーバーグの作品
Date: 2017.11.25 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (6)
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