『レディ・プレイヤー1』 観客の皆さんも準備はいい?

 『ブリッジ・オブ・スパイ』『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』などのスティーヴン・スピルバーグの最新作。
 原作はアーネスト・クライン『ゲーム・ウォーズ』

スティーヴン・スピルバーグ 『レディ・プレイヤー1』 おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさ。

 時代は2045年。荒廃した未来社会では、多くの人がトレーラーハウスを無理やり積み上げたスラムのような場所に住む。現実世界で生きることをあきらめた人々は、仮想現実(VR)の世界「オアシス」に浸って楽しむことだけが希望だった。
 「オアシス」を開発したジェームズ・ハリデー(マーク・ライアンス)は死ぬ間際に遺言を残していた。「オアシス」のなかに隠された3つの謎を解いた者には、全財産の56兆円と「オアシス」の世界を運営する権利を与えるという。主人公のウェイド・ワッツ(タイ・シェリダン)をはじめ、誰もが宝探しに夢中になるなか、「オアシス」の権利を独占しようとする大企業IOI社社長ソレント(ベン・メンデルソーン)が送り込んだ参加者たちもいた。

 ハリデーが構築した仮想現実世界「オアシス」。オタクのハリデーだけにその世界には様々なネタが転がっている。映画・アニメ・ゲームなどの様々なキャラが入り乱れる作品になっている。数え上げていくとキリがないわけだけれど、スピルバーグが関わった作品からもデロリアンT-レックスが登場するし、日本のファンに向けてもサービス満点でガンダム『AKIRA』の金田バイク、ソレントの秘密兵器としてはメカゴシラも顔を出すという豪華さだ。
 映画ネタに関して触れておけば、たとえばアイアン・ジャイアントには『ターミネーター2』のラストをやらせてみたり、最近あちこちで引用されているジョン・ヒューズ作品もネタになっている。それから『シャイニング』の世界に入り込むというエピソードは映画ファンにはたまらない部分だろう。
 ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」を筆頭に80年代のヒット曲が満載でノリノリだし、台詞にも様々なネタを取り込んでいるためにあちこちでくすぐられること間違いない。「オアシス」内はキャラの洪水みたいなもので、隠しキャラをどこに入れるかということを製作陣が楽しんでいる雰囲気もあり、何度見ても発見がある作品となっていると思う。作品そのものが「オアシス」内での宝探しになっているわけだけれど、観客もあちこちに転がっているキャラを見つけ出しては歓喜することになるのだろう。

『レディ・プレイヤー1』 ウェイド・ワッツ(タイ・シェリダン)はこんな場所を拠点に「オアシス」内を探検することになる。

 140分という上映時間があっという間なほど存分に楽しませてもらったのだけれど、不満もないことはない。ハリデーの最後の言葉は「現実こそがリアル」というもの。「VRの世界ではうまい飯は食えない」し、もっと現実世界も大事にね。そんな極めて真っ当な結末へと落ち着く。それはいいとしても、この作品ではVRの世界が大半を占めていて、ときおり挟まれる現実世界はあまり印象に残らないのだ。一応の主人公を演じたタイ・シェリダンがかわいそうなくらいで、どちらかと言えばアバターのパーシヴァルの方が活躍していたんじゃないだろうか。だから、最後に現実に帰れと言われても、どこへ帰ればいいんだろうかという気分にもなった。様々なキャラを登場させるにはVRの世界が必要なのもわかるのだけれど、もう少し現実世界にも重心があればとも思った(そう言えば食事のシーンすらなかったような……)。

 以下は映画とは別の話だけれど、この作品で描かれた「オアシス」の世界はVR(仮想現実)と呼ばれるものだけれど、最近はそれとは別にAR(拡張現実)という世界もあるらしい。VRがボディスーツなどを使って虚構世界に没入していく技術だとすれば、ARは「現実世界で人が感知する情報に、『何か別の情報』を加えて表現するもの」らしい(こちらのサイトを参照)。ARの代表例としては『Pokémon GO』が挙げられる。
 こうした傾向として最近のグーグルの戦略では、ネットを介して現実の街へと出て行かせよう狙っているらしい(CMもそんなイメージとなっている)。虚構のなかだけに留まっていると商売にもならないし、ロクなものではないということなんだろうか。最近では『ヴァレリアン』でAR世界が描かれていたけれど、あの作品の原作本はそんなところまで見通していたということなんだろうかと、そんな別のところに感心したりもした。

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Date: 2018.04.24 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『心と体と』 風変わりなふたりの純なラブストーリー

 第67回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した作品。アカデミー賞外国語映画賞にもハンガリー代表としてノミネートされた。
 監督のイルディコー・エニェディは、1989年に『私の20世紀』でカンヌ国際映画祭カメラ・ドールを獲得した女性監督。

イルディコー・エニェディ 『心と体と』 マーリア(アレクサンドラ・ボルベーイ)とエンドレ(ゲーザ・モルチャーニ)は共有した夢を語り合うために一緒に寝てみるのだが……。

 食肉処理場で働く片手の不自由な男と、臨時で雇われた品質検査員の女性のラブストーリー。
 マーリア(アレクサンドラ・ボルベーイ)は潔癖症で人とのコミュニケーションも苦手なため、職場ではちょっと浮いた存在。休み時間にはほかの誰もが談笑するなか、PCの前に座ったまま微動だにしないという異様さ。上司であるエンドレ(ゲーザ・モルチャーニ)が気を使って話かけてみたりもするものの、軽妙に返答をすることのできないマーリアは、あとになってそのことを悔やんでみたりもする。ただ、その悔やみ方もちょっと変で、人形を使って会話の一部始終を再現してしたりするあたりが妙に子供っぽい。
 他人との接触が苦手で記憶力抜群というマーリアのキャラ。これで思い出すのは『レインマン』で、あの作品でダスティン・ホフマンが演じたレイモンドは、サヴァン症候群だった。『心と体と』のマーリアもどこかそんなところがあるのだけれど、パンフレットによるとイルディコー・エニェディ監督は自閉症スペクトラムの人を参考にしていたということ。ただ、マーリアの場合はあまり重症ではないのか、ちょっと風変わりな程度で、相手役となるエンドレはその辺にはあまり気づいていないように見える。
 そんなマーリアがなぜエンドレと近づくことになるかと言えば、ふたりが同じ夢を共有していたから。そしてエンドレのほうでもマーリアのことが気にかかるようになる。それでもマーリアには何の恋愛経験もないために、その関係はうまく進まない。
 マーリアはそうした障害を越えていこうとするのだけれど、その姿は女の子と手も握ったこともない童貞のそれのようでちょっと笑わせる。マーリアはもちろん大真面目なのだけれど、他人との接触を学ぶためにポルノを鑑賞してみたりするのだ。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『心と体と』 マーリアを演じたアレクサンドラ・ボルベーイ。いつも無表情を崩さないのだが……。

◆夢のなかの鹿と現実の牛
 作品の冒頭では、雪の積もった森のなかで2頭の鹿が戯れている。雄鹿と雌鹿が互いに寄り添うように森を歩き回り、小川の水で喉を潤す様子は、鹿が自然と調和して生きている姿のように見え、とても印象的。鹿が白い息を吐きながらカメラのほうを直視しているところなど、何かしら深い考えでも抱いているようにすら見えるのだ。
 実はこの鹿のエピソードは、マーリアとエンドレが共有している夢である。夢のなかでマーリアとエンドレは鹿となっていたのだ。一方の現実では、マーリアたちが働くのは食肉処理場で、そこでは牛たちが血を抜かれ、吊るされて、食肉として解体されていく。
 ここでタイトルの『心と体と』を念頭に置いて整理すれば、夢のなかの鹿のエピソードは「心」の側になり、現実で解体されていく牛たちの姿は「体」の側ということになるだろう。夢のなかでは自然と調和した世界があるわけだけれど、現実においてマーリアは様々な問題を抱えている。そしてマーリアはそうした障害を越えるために、一度は血を見なければならなかったということになる。夢のなかに閉じこもっていることよりも、多少は血を流しても現実に生きることが称揚されている。そんなふうに言うこともできるのかもしれない。

◆アレクサンドラ・ボルベーイがいい
 一応上記のように考えることはできるけれど、あまりそれに意味はなさそう。この作品はちょっと風変わりなふたりの純なラブストーリーだからだ。きっかけとなる夢のエピソードも何らかの説明がなされるわけでもなく、ふたりが結ばれたあとには夢そのものも放り出されてしまうあたりも結構いい加減な気がする。
 難しいテーマをはらんでいるわけでもなく、社会問題とも縁遠い、ちょっとしたラブコメの趣きすらある作品がベルリン国際映画祭の金熊賞というのは意外な気もするけれど、作品の評価とは別に個人的には虜になった。というのはマーリアを演じたアレクサンドラ・ボルベーイがとても魅力的だったから。白い肌が透き通るようで、穢れのない感じがいい。コミュニケーション障害で規則に書かれていることは絶対という堅物で、常に冷たい無表情だったマーリアが、エンドレと夢を共有していると知ったときに初めて表情をほころばせる。あざといくらいの演出かもしれないけれどアレクサンドラ・ボルベーイなら許せてしまう。

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Date: 2018.04.22 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『ラブレス』 家庭には愛がないからほかで探してみた

 『父、帰る』『裁かれるは善人のみ』などのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の最新作。
 カンヌ国際映画祭では審査員賞を獲得した。

アンドレイ・ズビャギンツェフ 『ラブレス』 マトヴェイ・ノヴィコフ演じるアレクセイの窓の外を眺める目が印象的。


 一流企業で働く夫ボリス(アレクセイ・ロズィン)と、エステサロンのマネージャーをしている妻ジェーニャ(マリヤーナ・スピヴァク)は離婚協議中だった。互いにはすでに別のパートナーがいて、現在住んでいるマンションは売却予定。問題となるのは12歳の息子アレクセイ(マトヴェイ・ノヴィコフ)をどちらが引き取るのかということだった。

 タイトルに示されているように愛が失われた夫婦の話。ふたりとも次の結婚のためにはアレクセイが邪魔で、どちらも彼を引き取ろうとしない。ボリスが理屈でジェーニャを説得しようとしても、ジェーニャは「前に進ませてもらう」と言ってはねのける。しかもデリカシーのないことにそんな罵り合いを大声でやらかすものだから、厄介なお荷物とされたアレクセイにもそのことが伝わってしまう。
 このときアレクセイが涙を流しつつどんな決意をしたのかはわからないけれど、鈍感な父と母はその涙に気がつくこともない。次の日、夫婦は互いのパートナーと夜を過ごすこととなり、さらに次の朝を迎えてアレクセイの失踪を知ることになる。

 アレクセイを放っておいて情事に耽る夫婦の姿は自分勝手にも映る。しかしその一方で愛がない家庭に生まれたからこそ、その外部に愛を求めているようにも感じられる。ジェーニャは親から愛されずに育ってきたようだ。アレクセイ捜索のために実家へ顔を見せると、それだけでジェーニャと母親との間で諍いが持ち上がる。ジェーニャが結婚したのは子供ができてしまったからでもあるけれど、母親の家から脱出したかったからでもあるのだ。
 そして今では愛が失われた自分の家から出て、新しいパートナーと新たな愛を育むことを望んでいる。夫のボリスにしても新しいパートナーにはすでに子供ができていて、そちらの愛に夢中になっている。家庭には愛がないから異性にそれを求める。その願いは真実なのだろう。ボリスとジェーニャは互いの新しいパートナーとは愛し合っているように見える。ただ、それは長続きもしないのだろう。子供が生まれても、愛がない家庭から出て行きたくなるという悪循環が生まれていくのかもしれない。

『ラブレス』 ジェーニャを演じたマリヤーナ・スピヴァクは、スタイルも抜群な正統派な美人さんという感じ。

『ラブレス』 マトヴェイ・ノヴィコフ演じるアレクセイは学校帰りにビニール紐を拾って時間を潰す。

 この作品はもともと『ある結婚の風景』のリメイクを検討していたなかで出来上がった作品とのこと。ベルイマンほど壮絶ではなくと、やはりいい気分にはなれない夫婦げんかが描かれる。ただこの作品で中心となるのはけんかをしている夫婦ではない。中心となるのは不在のアレクセイなのだ。
 警察は事件性がない家出に関わっている余裕はなく、後半は民間の捜索隊によってアレクセイの行方が追われていく。この間、統率の取れた捜索隊に失踪事件の多さを感じ取ったり、今さらながらに慌てる夫婦の姿に疑問を抱きつつも、観客の心を支配するのはアレクセイは一体どこにいるのか、なぜ家出などしたのか、生きているのか死んでしまったのか、そうした不在のアレクセイのことなのだ。

 結末を記してしまえば、アレクセイが見つかることはない。アレクセイはどこかへ消えたまま、時は流れボリスとジェーニャは新生活を始めている。アレクセイはなぜ家出などしたのか。こうした疑問は『ヴェラの祈り』のヴェラに通じるものがあるように思えた。
 ちなみに以前に『ヴェラの祈り』をDVDで鑑賞したときは、そのテーマを「夫婦の不和」と考えていて、ベルイマンならもっとけんかさせるのになんてことを書いたりもしていたのだけれど、今回『ラブレス』のあとに観直してみるとそれとは違うものにも感じられた。ヴェラを突き動かしていたのは、実存の不安とでも言ってみるしかないようなものなのかもしれない。『ラブレス』のアレクセイ少年もそうしたタイプの何かを抱えていたのではないだろうか。窓の外を見つめる目がそんな印象を醸し出している。

 ロシア文学ではその大地というものが重要な要素となっているようで、ドストエフスキーとかトルストイなんかの小説にはそんなことが書かれていたようにも思う。たとえば『罪と罰』のクライマックスとも言える場面では「十字路に立ち、ひざまずいて、 あなたがけがした大地に接吻しなさい。」などと記されている。
 『ラブレス』の冒頭でも雪のなかの川をしつこいくらいの描写で見つめているし、ズビャギンツェフのほかの作品でも風景描写が徹底しているのも、ロシアの大地というものへの思い入れを感じなくもない。
 アレクセイは学校帰りに手持ち無沙汰なのか、地面に落ちていた赤と白のビニール紐を拾い上げ宙に向かって放り投げる。そして作品の最後の描写では、アレクセイが投げたビニール紐が木々にひっかかったまま揺れている。
 アレクセイは家族という大地を失い、マンションからも追われ、子供同士の秘密基地に一度は逃げ込むものの、結局どこかへ消えてしまう。アレクセイが大地から引き剥がし、放り投げたビニール紐が宙に漂っていたように、アレクセイ自身もロシアの大地から引き剥がされて放り出されたということなのだろう。

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Date: 2018.04.14 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『娼年』 松坂桃李、売ってるってよ

 原作は石田衣良の同名小説。
 監督は『愛の渦』『何者』などの三浦大輔

三浦大輔 『娼年』 リョウ(松坂桃李)は男娼となって女たちの欲望の対象となる。


 大学生のリョウ(松坂桃李)はアルバイト先のバーである女性と出会う。御堂静香(真飛聖)と名乗るその女性に誘われるがまま自宅に赴くと、彼女の娘・咲良(冨手麻妙)を抱くように言われ……。

 口のきけない娘のために男を買うセレブ母なのかと思っていると、実は御堂は秘密の会員制ボーイズクラブ「パッション」のオーナー。娘とのセックスは情熱を測るためのテストだという。テストに合格したリョウは男娼として働くこととなる。
 “着衣時間はわずか18分半”などと謳った『愛の渦』以上に、『娼年』のセックスシーンは生々しい。男娼の仕事を描く作品ということで、やっていることはアダルトビデオのそれと変わりないのだ。そして、見どころとなるのは女優陣のあられもない姿よりも、主役松坂桃李のおしりと激しい腰使いである。
 とはいえ、あからさまなセックスが描かれるのは、それを通してしか描けない関係性を描くという意図があるのだろう(好意的に解釈すればだけれど)。「セックスなんて手順の決まった面倒な運動」だと澄ましていたリョウが、男娼として様々な女性と会ううちに成長していく。

『娼年』 セックスシーンが大部分を占める作品。人によっては辟易するかもしれない。

 リョウは一流大学に籍は置きつつも学業など意味がないと無気力で、そうした態度は女に対しても同様で、朝まで一緒にいた女性に対しても素っ気ない。そんなリョウが心変わりしたかのように男娼の仕事にのめり込む理由は、後半になって明らかにされる。
 リョウには幼くして亡くなった母親がいて、リョウはその母親と御堂のことを重ねている。つまりはマザコンなのだ。リョウのなかには未だに帰ってこない母親を待ち続ける“少年”の気持ちが残っていて、それゆえにタイトルは“娼年”ということになる。
 この作品では違法な売春も後暗い印象では描かれてはいないし、女性たちの様々な欲望も肯定的に捉えられている。たとえば、好きな男の子の前でおもらししたのが一番のエクスタシーだったイツキ(馬渕英里何)はリョウの前の放尿することで再びエクスタシーを感じることになり、泉川夫妻(西岡徳馬佐々木心音)は自分たちで創作した物語にリョウに加わってもらうことで、よりエキサイティングなセックスを楽しむ。客たちがリョウと過ごす時間は欲求不満の解消というだけではなく、精神的にはカウンセリングのような効果をもたらすのだ。

 原作は小説であり、その後に舞台作品(これも松坂桃李主演)となり、今回映画化されたもの。小説ではもっと内面が探求されることになるのだろうが、舞台や映画ではおのずと違うものとなるだろう。役者陣が目の前で裸になって演じる舞台というのは、観客としても気恥ずかしいんじゃなかろうかと思うのだが、この映画版はどうだったのかと言えば、男と女(あるいは男と男)が必至になってセックスに励む姿はどこか滑稽なものに感じられた。交わる当人たちの感覚はどうであれ、それを客観的に眺めることになる観客としては、彼(彼女)らの欲望に対する情熱が凄すぎて笑ってしまうのだ。上品な老女(江波杏子)がリョウとのセックスのために、バッグにローションまで忍ばせてくるというあたりにいじらしさを感じる。

 松坂桃李はセックス依存症の外科医という役柄でおしりも丸出しにしていた『エイプリルフールズ』あたりで方向転換したのか、『彼女がその名を知らない鳥たち』でもえげつない役柄を楽しそうに演じていた。この作品の体当たりのセックスシーンに劇場に足を運んだ多くの女性ファンがどう思ったのかはわからないけれど、最近の松坂桃李は作品の選び方がおもしろい。

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松坂桃李の作品

三浦大輔の作品
Date: 2018.04.12 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』 暗い時と輝かしい時

 『つぐない』『PAN ~ネバーランド、夢のはじまり~』などのジョー・ライトの最新作。
 原題は「Darkest Hour」
 アカデミー賞ではゲイリー・オールドマンが主演男優賞を、辻一弘がメイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得した。

ジョー・ライト 『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』 メイクのおかげもあってゲイリー・オールドマンはふくよかなチャーチルになりきっている。

 この作品で描かれているのはイギリスの首相を務めたウィンストン・チャーチルの伝記的事実ということになるわけだけれど、50年以上も政治家として活動し、後年にはノーベル文学賞まで受賞したという人物の伝記としては、ごくごく限られた時期の話となっている。
 映画は1940年5月9日から始まり、6月4日までの約1カ月で終わる。これは前首相のチェンバレンが辞任した日から始まり、『ダンケルク』でその現場が詳細に描かれた「ダイナモ作戦」を命じ、ドイツに対して徹底抗戦を宣言したときまでである。
 原題が「Darkest Hour」とされているのは、イギリスにとってこの時期が「最も暗い時」だったということだろう。その間、首相であるチャーチル(ゲイリー・オールドマン)は自らの決断に悩み、エレベーターやトイレの場面のように暗闇のなかに独り佇み、イギリスとヨーロッパの行く末を案じることになる。アメリカの援助を得ることもできず、万策尽きたかのように暗闇に沈むチャーチルにとっても、その時間が「Darkest Hour」だと考える瞬間すらあったのかもしれない。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』 光と影のコントラストが印象的な撮影はブリュノ・デルボネル。

 それでも最終的にチャーチルは、国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン)の信頼を勝ち得、議会での演説で沸き立つような賛同を得ることになる。チャーチルの長い政治生活は順風満帆ではなかったようで、ガリポリの戦いのような失策もあったようだ。そんなチャーチルが首相となり、議会で熱狂の渦のなかにいたというのは、この時代が“非常時”だったからだ。
 “平時”に求められるのは、前首相チェンバレン(ロナルド・ピックアップ)や次期首相と期待されていたハリファックス子爵(スティーブン・ディレイン)などの穏健派なのだろう。閣議での議論を聞いていても、チャーチルの主戦論は危なっかしいものにも聞こえる。ヒトラーとの和平交渉には絶対に応じないという強硬姿勢だからだ。それでもヒトラーのような危険な独裁者に対抗するには、「毒をもって毒を制す」的にチャーチルという型破りな政治家が必要とされたということなのだろう。イギリスが「Darkest Hour」にあったからこそ、チャーチルは政治家人生の華々しい舞台に立つことができたということだ(チャーチルのような人が活躍しないような世界のほうが望ましいのかもしれないけれど、いなくても困るのだろう)。
 権力の座にあって孤独だった男が地下鉄で市民の声を聞き、それらにも勇気付けられてドイツへの徹底抗戦へとなだれ込んでいくラストの熱狂は感動的ですらある。この地下鉄のエピソードはフィクションらしいのだけれど、この時期にチャーチルが大衆から支持されていたのも確かなのだろう。しかし同時にヒトラーだって大衆から後押しされていたわけで、チャーチルが偉大な指導者として崇められるのはあくまでもイギリスが勝った側に収まったからということでもある。このあたりは負けた側の国に生まれた観客としては何となく複雑な気持ちにもなる。

 先に『ダンケルク』でその戦場を体験していたこともあって、それを指令する側の会議室での攻防も、より興味を持って見ることができた。実はジョー・ライトの監督した『つぐない』で描かれていたのも同じ戦争だったらしいのだけれど、そのときはダンケルクでの撤退戦の重要性を知らなかった。
 そう言えば、前回取り上げた『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『大統領の陰謀』へとつながる話だったりして、歴史に疎い私としては、今になって20世紀の歴史的な事実を映画で学ぶことも多い。もちろんこれらはフィクションがかなり混じっているとは思うのだけれど、観客に歴史に対する興味を抱かせるには十分だろう。
 ゲイリー・オールドマン演じるチャーチルはときにはお茶目なところもあって、愛すべき人物にも見える。そんなチャーチルがノーベル文学賞を受賞したという回顧録『第二次世界大戦』も読んでみたくなった。

第二次世界大戦〈1〉 (河出文庫)


第二次世界大戦〈2〉 (河出文庫)


第二次世界大戦〈3〉 (河出文庫)


第二次世界大戦〈4〉 (河出文庫)



ジョー・ライトの作品
Date: 2018.04.09 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)
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Author:Nick
新作映画(もしくは新作DVD)を中心に、週1本ペースでレビューします。

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